座標系(coordinate system)とは、原点(origin)の位置、座標軸(coordinate axes)の向き、長さの単位(unit of length)を決めたものであって、点の位置を、座標(coordinates)で表すようにした系(system)です。初等幾何学で三角形の性質を学習するときには、紙に三角形の図形を描いて、内接円や外接円の中心の求め方を習います。このときには、特に座標の概念を必要としません。座標の考え方が必要になるのは、長さや距離の大小比較を数字で表わそうとするときからです。初等幾何では、直線上に目盛りを付けた実数直線(real line)を使って、位置を数で表すことから始めます。これが座標幾何学への導入です。
一般に使うのはデカルト座標系と呼ばれる体系です。立体幾何学では三つの直交する座標軸(x、y、z)で空間の位置を表します。細かい約束を言えば、(x、y)で水平面の座標を、z軸を垂直上向きに取り、(x、y、z)軸の向きが右手系(right-handed system)になるように選びます。蛇足ですが、右手系というのは、右手の親指・人差し指・中指を開いたときの向きの順に(x、y、z)軸の正の向きを決める方式です。このように決めると、(y、z、x)、(z、x、y)の順に座標軸を選んでも右手系の関係が保たれます。これを座標軸の「直交性・右手系の関係・単位長さ」の定義とします。右手系に対抗して左手系も考えられます。しかし、ベクトルの演算における外積(ベクトル積)が、右手系の約束で定義されますので、不注意で左手系の順番を混ぜて使うと符号が混乱してしまいます。
図形の性質を代数的に扱うためには、座標系を必ず必要とします。大抵の場合、大本になる世界座標系が既に存在している、という前提で話を始めます。我々の現実空間を幾何学的にモデル化したものを(仮想の)世界と呼び、そこに考える座標系を世界座標系と呼びます。これは大本の世界座標系をコピーして、自分の都合の良いように定義し直したものです。したがって、座標軸の向き・単位長さ・記号・原点、などの決め方は、扱う対象や専門によって異なることになります。それに伴って式の表現にも相違がでてきますので、論文や参考書を読むときには、どのような座標系が定義され、応用されているかを理解しておかなければなりません。現実の図形を幾何学的に理想化したものを幾何モデルといい、幾何モデルをこの世界座標の中に作ると考えます。
世界座標系は仮想の世界ですが、現実世界の感覚を連想させるように考えます。一つの方法は、自分の目の前、机の上に世界座標系の原点があると仮定すると分かり易いでしょう。机の上(デスクトップ、desk top)に載るような寸法の幾何モデルであれば、長さの単位をミリメートル(mm)と考えてよいでしょう。大きな構造物ではその構造物の対称軸などを取り込んだ世界座標系を考え、長さの単位もメートル(m)にする、などの決め方をします。世界座標という呼び方は、平面図形の作図だけに限定したコンピュータ・グラフィックスでも使われます。つまり平面図形も幾何モデルであると考えて2次元の世界座標に作ります。この世界座標を我々の現実世界と合わせる考え方は、机のを想定した水平面とするか、それとも、黒板の面や壁にキャンバスを貼ったような垂直面を想定するかの二通りがあります。コンピュータのモニターは画面をほぼ垂直に置くので、垂直な面に2次元の世界座標を考えることが多くなりました。そして、世界の景色を窓から覗くようにモニター画面を覗く、という連想でwindowの用語が使われます。しかし、Microsoft社のOSにWindowsの用語が使われるようになって、この用語の幾何学的な定義が混乱しています。
平面幾何で使う直交座標系は、座標軸の記号に(x、y)を使うのが普通です。この記号は、3次元の(x、y、z)座標系を上から見た定義になります。極座標を使うとき、正の向きの角度をx軸から出発して原点を左に見て左回りに計ると約束します。この左回りというのは、(x、y)面に垂直な上向きのz軸を考えると、この軸の正方向を向いて右回りの定義になりますので、右手系の定義に沿っています。ややこしくなるのは、左上を原点として、右方向にx軸、手前または下向きをy軸とするときです。この向きは、専門によっては便利な約束としてよく使われますが、解析幾何学の定義と衝突して混乱を起こす例も少なくありません。コンピュータのモニター画面は垂直な面を平面座標として利用しますので、奥行き、または厚み方向の座標を追加したいと考えるとき、三番目の座標軸の呼び方と正の向きの定義が悩ましくなります。例えば、3次元のコンピュータグラフィックスではZバッファー法という用語がありますが、これが物議をかもしました。その理由は、z軸が水平な奥行き方向を意味するからです。そのため、最近のコンピュータグラフィックスの用語では、奥行きバッファー法と言うようです。
個別の対象物は、その形の性質をよく表すように固有の座標系を持たせるのが便利です。これを、世界座標系に対して局所座標系と言います。これは世界座標系をコピーするように決めます。幾何モデルを作るとき、モデルは世界座標系を使って作りますが、このときはモデルの局所座標系と世界座標系とが一致します。いくつかの幾何モデルを対象とするとき、個々のモデルに固有の座標系を持たせます。モデルを世界座標の中で移動や回転をさせるとき、モデルは固有の座標系を背負って動くと考えます。その結果、この局所座標系の原点の位置と座標軸の向きとは世界座標の中で変わりますが、「座標軸の直交性・右手系の関係・単位長さの定義」をそのまま保ちます。これを力学では剛体としての移動と回転といいます。
図形が変形すると、それに引きずられて「座標軸の直交性と単位長さの定義」が怪しくなりますが、変形した座標をそのまま使う方が便利であることもあります。そのため、元の形をそのまま考えておいて、変形した方の形を写像ということがあります。鏡に写ったような変換では、さらに右手系が左手系になってしまいます。このような場合には、必要に応じて局所座標系を再定義する必要がでてきます。変更が最小限ですみ、また変更の前後での関係を分かりやすくしておく工夫がいくつかあります。局所座標系の原点を図形の重心に一致させるとか、主軸を座標軸に選んでおく、などがあります。この考え方は設計計算でよく扱いますが、コンピュータグラフィックスではあまり必要としません。
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