1. 緒論
1.1 本論文の目的
工業およびデザイン関連分野を始めとして,いろいろなところで図の利用は計り知れないほど多い.最近,このような分野において機械化,自動化は積極的に進められている.計算機を用いて作画された図や絵を多く見るようになるとともに,これらの図に対する要求も高まり,より質の高いものが望まれるようになった.このような中で,計算機やディスプレイの発達,表現技術の高度化にともない,図を容易に作成できるシステムがいくつか開発されてきたが,まだ多くの問題点を持っている.
本研究の目的は,人が描こうとする質の高い図を,より容易に,より早く描くことができる手法を考案することである.この手法はインタラクティブに図形作画を行うことからインタラクティブレンダリングと呼ぶことにする.本論文では,図とは画像を意味し,2次元的な模様や絵画,さらに,立体を表現したものまでを含んでいる.とくに,これらを区別する場合には,3次元形状を表現した図のことを3次元形状図と呼ぶことにする.
本研究で表現する対象は主に3次元形状のうち多面体・2次曲面で構成されているものとする.これらを描くために,従来からの作画道具として,エアブラシが有効なものであった.本研究ではこのかわりとなる濃淡付け手法を開発することによって計算機を用いた作画を容易に行うことができるようにする.このエアブラシのかわりとなる濃淡付け手法は2次元的な絵画作画においても有効なものであり,2次元上で自由に濃淡付けを行うことができれば,3次元形状の表現は幾何学的拘束から,より容易なものになると考える.従って,まず第一に,人手で熟練技術を必要としたなめらかな濃淡表現を可能にすることが重要である.本研究ではこのような表現が必要な図を主な対象とする.
第二に,人が3次元形状を容易に理解できるような情報伝達手段としての濃淡表現法を確立する必要がある.ここで取り扱う3次元形状図は描かれたものから伝えたい情報や意味が第三者にわかることが第一の条件であり,作画する人の考え,設計の意図が表現できていることが大切である.描かれた図は作画した人の考え,意見が集約されたものである.従って,伝えたい情報が伝わらなければ,その図がどんなに美しくても価値はないといえる.人に対する3次元形状のわかりやすい表現を提案することが本研究の目的の一つである図の質を高めることになる.このために,従来から表示技術としてさまざまな手法が開発されてきた.これによって,写真と間違えるような現実感あふれる画像が得られるようになった.しかし,これらは表現する物が同一処理によって行われ,表現したい内容に関わりなく平等に情報が扱われている.従って,表現する情報が均等な場合以外には有効な表現とはいえない.本研究では従来の大量の物理計算による技法とは異なり,3次元形状の特徴強調・省略を行うことにより,表現効果を高くし,人にとってわかりやすい図を作画することを目的とする.
また,このような濃淡手法や3次元形状表現をより容易にできることが必要である.良い図を得ること自体は人の仕事であることは当然であり,本研究は,その作業を助けるための道具を与えるものであり,人が頭に思い浮かべた図のアイデアがあるならば,すぐに現実化できるようなシステムを作ることが目的である.特に,2次元的処理によって3次元形状を表現するために,多くの操作を作画面上で行うことができることは重要である.また,3次元形状モデルがあれば,それを利用して3次元形状図を作ることも有効な方法である.このようなシステムが構成されれば,より容易に早く図を描くことが可能となる.
このシステムの使用者は主にイラストレータ,工業デザイナなどプロフェショナルな人達を始めとし,デザイナを志す学生である.これらの人達には従来の道具に加え,有効な道具を提供することになる.また,一般の人達には,長年の訓練をする必要をなくし,高度な表現技術を提供することになる.本論文で示すような説明図などを描くために有効に利用できるであろう.
本研究開始の動機は,およそ次のようである.
1)コンピュータグラフィクスが提案される以前,図を描くことはすべて人手にたよっていた.図の製作を工業的観点からみれば,受注による一品生産といえる.このため,これを短時間で作り上げることは社会的要請であった.考えられた図を,より短時間で高品質なものに仕上げることができるものが,よい道具といえる.また,人が持っている数々の技能,ノウハウを機械化することは,省力化するだけでなく一定の技術水準を作り上げることにつながる.手順どおり指示することにより,同じ図を描くことができれば,熟練した技術を修得するための訓練を必要とせず,質の高い図を容易に描くことが可能となる.このようなことを実現し,絵の具と筆のかわりとなる図を作成するための基本的道具を作ることは重要な課題である.このような道具が作られれば,デザイン分野に有効な道具を与え,作図の省力化および高品質な図を得ることができ,大きなインパクトを与えることになる.
2)近年,マンマシンインタラクションを良くするために図を利用するシステムが,多く見受けられるようになってきた.とくにCAD/CAMの分野では3次元形状モデルを取り扱い,その投影図を表示させることにより,計算機との対話を行っている.そこでは,多様な図形情報が作られ,また処理され,清書された図面の形式で出力される.ここで,容易に図を作画できる有効な道具が必要とされた.このような状況で,穂坂[穂坂81]は「マンマシンコミュニケーションではコンピュータグラフィクスの表現能力を拡充する必要がある.3次元物体を,2次元に投影した図形で,対象を人に理解させる方法を,従来よりもよく考えるべきである.」と指摘した.さらに,これを解決するために,「初等解析幾何と,旧来の画法幾何,それと従来のコンピュータグラフィクスにおける厳密な計算による陰影付け,およびイラストレイターの行うレンダリング技法との違いと,それぞれのもつ欠点を指摘し,その4つの方式の利点をとり,それらを乗り越えるべきこと」[穂坂85]を提案した.また,木村[木村83]は「コンピュータグラフィクスにおける立場から非常に重要な問題は形状処理におけるマンマシンインタラクション,とくに図を媒体手段とするインタラクションの問題である.形状の図表示法については多くの研究があるが,これだけでは不十分である.中略,形状表示についても,形状特徴をよく認識できるような表示法を考える必要がある.図形の表わす意味についての考察が,今後コンピュータグラフィクスの分野でもますます重要になってくるだろう.」と問題点を示した.
以上のような動機により,次のことを行った.
デザイナに対する調査により,レンダリングシステムへの要求の分析,図を描くために必要な機能の分類,その分類に基づいた図形輪郭としての線図形の入力方法の確立,人の作画要求に対応する濃淡付けのための入力と表示技法の作成を行った.さらに,図学的手法のプログラム化による意図した3次元形状図の輪郭作成と立体再構成法の提案,3次元形状図の濃淡表現のための2次曲面の濃淡パターン化とレンダリングルールの作成,そして,これらの機能をまとめたレンダリングシステムCARP(Computer Aided Rendering for Presentation)を作成し,本研究で提案した各種機能の評価を行った.
従来より,ペイントシステムが提案されているが,人の仕事は多く,必ずしも使い易いものとはいえず,計算機で描かれた絵は,それらの質や製作コストに関係なく,コンピュータグラフィクスで作成したというところに価値が見いだされていたのが現状であった.従って,質の高い図を得るための容易な作画や修正方法を構築するためには,人の作画の方法をもとにしたインタラクティブ手法の考察が重要である.そのために,線図形の入力や各種の線図形を扱うことのできるデータ構造は大切である.また,質の高い濃淡表現を行うために,多くの入力データを必要とするので容易な作画は困難である.少ない入力で,かつ,感覚にあったものが望ましい.本研究ではこれらを解決するための手法を提案し,各種の図を容易に作画できるようにする.
3次元形状図には,大きく分けて,線画と面画がある.形状感を表現する方法は,従来から,線図と面画の手法が用いられている.これらは,目的,作画の条件に応じて,使い分けられている.線図では地形の等高線表示のように曲面を規則的な平面で切断し,そこに表れる曲線を表示する方法を用いることが多い.これは技術的には正確であるが,3次元立体の形状感は表現しにくく,人は図からその感じを知覚するためには意識的な努力をしなければいけない.形状の感覚的理解を助けるためには,線画より,面画の方が一般的には適切と考える.面画は,3次元形状を実写的に人に分かり易く示すことができるからである.
ここで,形状感とは人が形状から受ける感じのことをいい,計量的に正確なものではない.つまり形状のおおざっぱな特徴的なもの,たとえば,ふくらみ,へこみ,でこぼこなどという言葉で示されるものをいう.この形状感は自覚的,主観的なものであるが,人と計算機との情報交換において,形状感は形状理解のために大切なものであるので,これを客観的に取り扱うことを考えていく必要がある.
本研究では,3次元形状図の輪郭作画のために,単純な初等幾何学演算を用いた.これは2本の直線の交点や円との交点などを計算する2次元的処理を利用し,図化する方法であり,人にとって,従来の定規に変わる知的な定規を用いていることと同等であり,非常に直感的なものである.次に,面画技術の濃淡付け手法によって,3次元形状を表現するために,2次曲面の濃淡パターン化やレンダリングルールの作成を行った.この結果,従来の幾何学的な物理計算による統一的な手法に比べ,同程度の表現または,それをうわまわる質の高い表現効果が実現されている.このような研究には類似のものもあるが[Shoup79],3次元形状の表現形式を分析して取り入れているものは少ない.
本研究によって得られた成果は,1)各種のシステムの基本的道具として有効なものであり,2)作画する図の伝える意味を容易に,そして質高く表現することができるものであり,3)作画に費やす時間,経費の節約に対して,有効なものであり,かつ,4)図形処理システムの高度化に重要な役割を果たすものである.
1.2 レンダリング技術の現状と問題点
1.2.1 現状の表現技術の特徴
次に,濃淡表現を行うにあたり,従来から使われている作画技法である図学,テクニカルイラストレーション,ペイントシステム,陰影付けの技術の特徴を述べる.
1) 図学
図学における作画の作業をみると,人が目の前の図を用いてそれを解釈しながら,個別的な図法を用いて図に指示しながら,希望する表現や作図処理を行っている.この作図作業は人の解釈によるオンラインのモデル構築,処理,表現ということができる.そして,これは図的処理という人にとって直感的で分かり易いものであり,明確にされた作画手順に従えば,だれでも希望する図を同じように描くことが可能である.しかし,木村[木村76]は「この優れた方式は人にとって面倒であるし,また,高精度を要求されると困る.」と指摘している.
2) テクニカルイラストレーション
一般に,人の理解を助けるために,形状を分かり易く示す技術は,テクニカルイラストレーション分野のレンダリングであるといわれている.この表現技術は,人がもつイメージを,経験を利用して表現することを目的としている.この技術は,輪郭となる線図を作画し,それに,特徴の強調や省略をしながら,彩色・濃淡付けを行うものである.
ここで用いられる濃淡法はものの丸み,ふくらみなどの形状的性質を表現でき,これによって描いた図から形状の感じをよく理解することができる.これは図を描く人が物を表現するとき,特徴の強調を行っているか,または経験的に曲面の濃淡パターン分類をしていて,そのパターンに合うように濃淡付けを行っているからである.
この技術は図学を基礎としているが,最終的な作品にする場合はデザイナの個人的能力によることになり,だれでも同じ図を描くことができるとはいえない.きれいな図を得るためには,かなりの熟練した技術の修得が必要になる.このような問題点を整理すると,1)輪郭がうまく描けない,2)特徴の強調や省略,色彩・濃淡分布に対して,優れた感覚や熟練技術が必要となる,3)作成時間がかかる,が上げられる.
3)ペイントシステム
コンピュータグラフィクスはコンピュータによる画像の生成と処理を行うものであり,美しい絵を作り出すこと,現実に存在しない架空の世界を想像してそれを視覚化して示すことが可能である.この技術は絵を媒体としてコンピュータとの対話が可能となることから,人と計算機とのインタフェースとして位置づけられ,人とコンピュータとの間の壁を取り除き,良い対話環境を作り出すものである.
システムを利用して,世の中にない新しいものを考えだしていくためには,試行錯誤を繰り返しながら,人が重要な決定を下していかなければならない.そのためには,まだ,実物になっていないものをわかりやすく表示をすることは大切なことである.濃淡図形を描くことは,ラスタグラフィクスが始まり,色彩表現が可能になってから急速に広がった.この技術は大きく物理法則に基づく陰影付けとペイントシステムによる濃淡付けの二つに分けられる.インタラクティブグラフィクスは本物を作りやすくする情報を生成するためにも役にたつ技術であり,計算機との対話の道具として重要である.とくに人の作業の思考を乱さないように,紙とペンで図を描いていくようにコンピュータグラフィクスの技術を用いて,図形情報を入力できることが望まれる.ペイントシステムはインタラクティブグラフィクスを用いたもので意図した図を描くために有効な道具となるものである.より使い易いユーザインタフェースを構築するためには,デザイナが計算機の前に座り,図を描く時に,どのような反応をするかを良く理解しなければいけない.これを整理することにより,人の判断をとり入れることができ,形状の特徴の強調・省略の可能なインタラクティブレンダリング手法が確立できる.
4)コンピュータグラフィクスによる陰影付け
陰影付けの方法は,物理法則を用いてそれに対応するモデルを作り,図を表示するものである.この方法は,対象の位置,光源・視点の位置を入力すると,その後は設定した条件式に従って,濃度が計算され,図が作成できる.物理法則にあった濃淡が描けるので,人の作画能力に関わらず,同じ濃淡付けが行える.しかし,曲面の形状感を表現するためには,人が形状をよく理解できるような特徴の強調・省略を行うことができないために不十分といえる.しかし,3次元形状モデルがあれば,陰影付け手法を用いて濃淡表現することができ,それを人が濃淡付けする場合の出発点とすることができる.
以上の考察をもとに,それぞれの技術の長所を利用すれば,目的とする道具を開発できると考える.
1.2.2 コンピュータグラフィクスの表現技術に関する研究
表現技術に関する研究は数多く行われているが,ここでは,作画システムに利用されるものを整理する.ここで扱う範囲はペイントシステム,輪郭作画のための入力方法,濃淡付け法,ディザ法,カラーモデル,透視図作画,レンダリングである.以下,これらについて説明する.
1)ペイントシステム
ペイントシステムの初期の研究にA.Kitching [Kitch77], A.R.Smith [Smith78], R.G.Shoup [Shoup79]らの研究がある.これらの研究成果は商業用のものとして現在でも発展している. Shoupのシステムはビデオ関係の利用に有益なアニメーション機能とユーザインタフェースが優れたものである.Kitchingのシステムは線形変換機能を持ち,この機能によって効果的な変換を行い,アニメーションを作り出すことができる.ほかには,R.J.Beach[Beach82],P.Baudelaire[Baude80]らが,ラスターグラフィクスの機能やユーザインタフェースの向上に関連した研究を行っている.日本においても多くのシステムが利用されており,技術開発も安居院[安居院83]を始めとして数多く行われている.また,アパレル関連への応用を中心としたシステムとして国井[国井75],加藤[加藤86]の研究がある.これらのシステムをもとに,2章ではシステムの持つべき条件や構成を明らかにする.
2)輪郭作画のための入力法
線図形を作画する方法はグラフィクスの基本的技術として研究されてきた.手で描いたラフな図が計算機によって処理・清書されれば,従来,人が行ってきた作画の方式とあまりかわらず感覚的に使い易いものといえる.CAD分野ではこのような研究を穂坂・木村[穂坂77,78]が行っている.これは幾何モデル構築のための入力方法として高い評価を得ている.天畠[天畠83]は形状入力法として文字認識を利用した.ここでは線分の特徴をよく表わす多角形の頂点を重要点といい,文字の形状を分類するために,重要点を利用した認識の方法を用いている.この方法を基本的図形に適用して図形認識を行った結果を3章で述べる.また最近,T.Pavlidis[Pavli85]がラフに入力した図形関係を推論し,その関係を満たすような作画処理方法を提案した.これは図形の平行・対称性の関係,および,いくつかの図形の接続関係の自動修正としてすぐれたものである.
3)濃淡付け
領域塗りつぶしの研究は,A.R.Smith[Smith79]らが行っている.高速な塗りつぶしとともに濃淡をもつ領域の塗りつぶしが研究されている.濃淡付けはN.M.Talmann[Talma84]が限られた色数で濃淡表現する方法を提案している.また,ブラシは小さな領域が手の動作に従って動くものである.同一色を散らす方式は西川[西川84]が提案している.最近では墨絵の表現を行おうとしたものがS.Strassmann[Stras86]によって提案された.このようなブラシ機能はハード化が進み,R.Greene[Green86]が作画面を透明なプリズムを用いて直接フレームバッファに描く方式を実現している.本研究の4章では,人の作画方式を分析し,少ない入力で質の高い濃淡表現を提案する.
4)ディザ法
限られた階調数でなめらかな濃淡をつくるディザ法は,白黒2値の表現において研究が進められた.この方法は,藤村[藤村74],C.N.Judice[Judic76a,b],J.F.Jarvis[Jarvi76]らの成果がある.独立決定法によるディザ法にはランダムディザ法と組織的ディザ法がある.2値の場合は組織的ディザ法が有効であることをC.N.Judiceが示している.また数階調の場合の組織的ディザ法は汐崎[汐崎81]が2値の応用としてその表現の有効性を示した.安田[日経78]はランダムディザ法は2値の場合は実用にならないことを述べている.本研究では,4章で述べるように,数階調の場合にはランダムディザ法が有効であることを明らかにした.
5)カラーモデル
カラーグラフィクディスプレイに色を表示するためにはRGBの値が必要である.この方式は人にとって希望する色を指示することが難しく,これらの割合を指示されても色を想像することは通常困難である.このため,作画システムで利用しやすいようなものが提案されている.W.A.J.Prior[Prior83],A.R.Smith[Smith78]らのいくつかの研究がある.これらでは色変換式をつくり,カラー計算サブルーチンを提案している.また,宇野[宇野83]はビジュアルデザインシステムの中でカラーシステムを使用した.いくつかの作画実験からその有効性が確認されている.
6)透視図作画
図学において透視図作画方法はさまざまなものが提案されている[大久保71].また,建築関係の分野でも関連する文献は数多くみられる[たとえば,高橋78].これらは人手によるものでいくつかの欠点が指摘されていた.これに対して,計算機を用いた透視図表現も古くから研究されており,射影変換を用いた方法が確立されている.これらの方法は見方や物体の形状が決められたとき有効なものである.また,人手と計算機の利点を生かしたものとしてパースエイド,ガイドが提案されている.しかし,人が持つイメージを透視図作画することに対しては不十分であった.これを解決するために,永田[永田76]は骨格法を提案した.これは透視図の構図のワクをフリーハンドで描くことのできる範囲を示したもので,これをもとに人手によって2点透視図を作画する方法をまとめたものである.また,透視図の性質を明らかにしたものとして,田嶋[田嶋76],M.H.Land[Land84]の研究がある.この研究はよりよい透視図の描き方や視点座標の計算法を明らかにしている.
立体生成のための入力法にも透視図は利用されている[福井85],[田中85],[中島85].これらを用いれば,透視図作画も可能である.しかし,立体データを入力することを目的としているため,図を描く立場からみると利用しにくい点がある.また,3次元モデルを利用することにより,立体の透視図を得ることも可能である[磯田82].このようなシステムにおいて,計算機内部のデータを確認するために透視図はよく利用される.図を描く立場からみると,3次元モデルがあれば,それを利用することは有効なことといえる.
7)レンダリング
工業デザイン分野を中心に3次元形状のレンダリングが利用されている[渡辺66].レンダリングは従来から人手によるものが中心であった.これらの文献をみると図を描いている場面や,図を示し,このように描くとよいという手順が示されていることがほとんどである.最近計算機技術が発展し,いくつかの分野でコンピュータが人手に変わるものとして注目され,いくつかのシステムが開発されてきた.自由曲面を利用して,製品の完成予想図を描くシステムを,畠中[畠中86]が提案している.2次曲面を利用したものとしては,J.J.van.Wijk [Wijk85]が提案している.これらの技術を用いれば,計算機の内部データを表現し,最終的な製品としての予想図を描くことが可能である.しかし,その出力されているものに対して人が計算機を利用して修正することができない.形状モデルを利用する場合,その出力図に対して修正できることが望ましい.これによって,形状の特徴強調が容易に行える.
1.2.3 レンダリングシステムの現状
本節では現在,商用として世の中に出ているシステムの特徴的な機能とそれらの作画の可能性と実現されていない課題について明らかにする. ペイントシステムはラスタグラフィクスが出始めたころから作り始められ,アニメーションの場面つくり,ビジネス,印刷,芸術,テレビのコマーシャルへと急速に広がっていった.従って,システムの利用も幅広く,それぞれのシステムに特徴があり,各分野で有効に利用できるようになっている.しかし,他分野の人が使用するときには表現能力不足や,操作性の違いなどから問題が生じる場合があるといわれている.また,システムの大きさもさまざまで数10万円のパソコンから1000万円以上もするシステムもある.ここでは,それらの代表的なシステムとして,1)総合的な作画ができるように考えられたシステム,2)アニメーション機能を重視したシステム,3)デザイナの作画感覚に合うような入力装置をもつシステム,4)パーソナルコンピュータを中心にしたシステムをもとに,現状のシステムの問題点の整理を行った.
総合的なレンダリングシステムを構築するためには,各種の表現法が効果的に備えられていることが必要である.従って,いくつかのシステムを調べ,有効な基本作画や応用作画機能を分類整理することは,よいシステムをつくり上げるために重要である.調査したシステムから標準的なハードウエア,ソフトウエアの機能構成をまとめると,図1.1のようになる.本研究では,ソフトウエアの開発が中心課題であり,とくに線画機能,濃淡付け機能,3次元形状図の作画を重点に従来のシステムの問題点を上げ,解決すべき課題について考察する.
1)線画機能
線画機能は,折れ線,水平垂直線,円,だ円,円弧,矩形,スプライン曲線を描く機能がある.作画できる線の種類はこの程度あれば,かなりの図を描くことが可能である.これらを入力する方法としてはパラメータ入力をキーボードを用いて行うものやスタイラスペンを用いるものがある.キーボードを用いる方式ではデザイナが従来から行ってきた作画方式と大きく異なり,拒否反応が大きい.また,ラフスケッチをもとに入力するときには,線画の修正機能がないと使いずらい.修正機能がないと,構図をきちんとし,線も正確にした状態の下図を用いることが必要となる.また,基本となる図形の輪郭の作画法が少なく,デザイナの描き方と異なり,数字などを多用するものもある.これでは,時間の短縮がわずかしかおこなえず,システムは色塗りのために用いられることになり,アイデアを図化するところから用いることは困難である.
2)濃淡付け機能
濃淡付け機能は,ブラシ機能,ハッチング,パターン塗りつぶし,単方向濃淡付けの機能がある.これらは濃淡を描くために必要なものであるが,十分とはいえない.ブラシ機能は手の動きに対応して図が変化するので,それを使うためには,かなりの技術を必要とし,思い通りの図を描くことが難しく,絵の質が一定しなくなる欠点がある.また,輪郭をぼかしたり,一定方向の濃淡付けは,特定の場合にしか用いることができない.
3)3次元形状図の作画
3次元立体の作画機能を持つシステムがある.これらのシステムでは3次元形状モデルを必要とし,それらのデータを準備することは図を描くことと比べ,それ以上に時間のかかることである.また,モデルの作成機能が低いために思いどおりの図が描けないこともある.得られた輪郭に濃淡付けを行う場合においても立体の反射は物理法則に従っている.このため,意図した図にするためには光源の位置などを試行錯誤で決定しなければいけない.さらに,川合[川合85]によれば,「内部データがもともと幾何学的な意味を持っている3次元形状処理などにおいては,システムからユーザへ伝達したい事項を,ユーザが容易に了解できる方式を用いて図形・画像化することが重要となる.3次元形状処理においては,この重要性とは無関係な,表示の現実感が追及され続けてきた.この現実感の存在により,情報伝達手段としての表現法の追及は大幅に遅れているのが現状である.」と述べている.これからわかるように,意図した3次元形状図を描く方法は従来からあまり取り扱われていなかった.
1.3 本研究の特徴
本研究では,以上3つの問題を次のような特徴を持つシステムを構築することにより解決しようとした.
1)線図作画の手法
複雑な線図を容易に取り扱うことのできるデータ構造と手描き入力によるインタラクションの方式を提案する.複雑な図は単一の線分ではなく複合した線分で構成される.これを個別に取り扱ったのでは修正,変更などの処理が容易に行うことができない.本研究では線分のグループ化を行い,取り扱いを簡単にしている.また,線分の入力法として,手描き図形を入力し,それを清書,修正する方法を考案した.これにより,下図を用意せずに,ディスプレイを見ながら意図した図を作画できる.
2)濃淡付け手法
濃淡付け手法は今まで人がどのように指示するのか,どのような処理を実現すれば良いのかが整理されていなかった.本研究ではこれを取り扱い,人が濃淡付けを行う場合に,どのような要求をするかを調査し整理した.このため,人の指示が容易で,少ないデータで質の高い濃淡表現を実現できる.この濃淡作成のための演算は単純であり,高速処理が可能である.
3)3次元形状図の輪郭作画
本研究では図学的手法をプログラム化して意図した構図の透視図を作画する方法を構築した.この方法はインタラクティブに透視図を作画する方法であり,3次元モデルを利用して,作画する方法とは大きく異なり,次のような特徴がある.1)初等幾何学演算を利用しているので演算は高速である.2)フリーハンドの作画と異なり,意図した構図を正確に描くことができる.3)3次元モデルを利用して作画を行う時は図面によって立体を作画し,3次元データを図面から作成し,表示機能を利用して作画を行うという3行程となるが,本方法では,線の作画を行うことにより,直接的に透視図を作画できる.つまり,1行程で作画が可能である.
4)3次元形状図の濃淡付け手法
3次元形状を2次元図形として投影するとき,いくつかの拘束がある.濃淡表現もその拘束に従って表現する必要がある.本研究では2次曲面の特徴を表わす濃淡パターン化とそれらを組み合わせるときの表現方法をレンダリングルールとして整理した.これに従って,複雑な立体の表現を行えば,人は形状理解を容易にできる.
5)写真画像,3次元モデルの利用
質の高い表現を行うために,画像データや3次元モデルを利用できることは大切なことである.本研究では,濃淡付けで作成されたデータをピクセル単位で色情報を保存するようにした.これによって,写真などの画像データ,3次元モデルの陰影付けされた図形データの利用が可能となる.さらに,画像データの濃淡修正によって,意図した図の作成がより簡単にできる.従来のシステムでは,これらを共通に利用できるものは少ない.
6)ユーザフレンドリな入力法
グラフィクシステムを用いた図の作成において,インタラクティブな手法を利用する場合,人の考えが高速にデータ化され,システムから入力されたデータに対応する表示が行われることが重要である.この問題に対して,本研究では,人の作画手法や従来から提案されている図法を分析し,意図した図を得るために,最少かつ容易に入力できるように,図の上で直接指示できる方法を用いた.
1.4 本論文の構成
ここまで,本研究で解決すべき問題とその問題を解決するために作成したシステムの特徴について述べた.本論文は図1.2に示すように構成されている.図中の番号は説明をする各章を表わしている.2章で総合的なシステムの構成について考察し,これに基づき,3章では線図形作画と手描き入力,4章では濃淡付け手法,5章ではこれらの技術をもとにして行った評価実験について述べる.3,4章で開発した技術は6,7章の3次元形状図の作画に有効に利用される.以下,本研究の概要をその記述順序に従って説明する.
本章では始めに本研究の目的を述べた.そして,レンダリングに関するコンピュータ技術の調査を行い,それらの整理を行い,問題点を明らかにした.さらに,現在,商用で利用されているシステムを調べ,それらの内容と問題点を述べ,本研究の意義,特徴についてまとめた.
第2章では,1章で得られたことから,レンダリングシステムとして持つべき機能や操作性についてまとめる.このために行った数人のデザイナからの意見聴取の結果を整理し,従来の作画方法とレンダリングシステムの持つべき機能について明らかにする.
第3章では,計算機内部に2次元図形を作成する手法の開発を目標とし,2次元図作成のためのユーザフレンドリなマンマシンインタフェースを実現するための原則と,それに適した手描き入力法を用いた図形作画方法について述べる.このために,任意図形の認識のために重要点の方法を利用し,重要点の情報から数種の図形の認識を行い,作画データを作成する方法を実現した.これらの問題に対して,従来のシステムではほとんど考察されておらず,少ない機能を利用し,人の作画能力にたよっているのが現状である.
第4章では,イメージを容易に表示するために濃淡付けのキーワード分類を行い,質の高い表現が容易に行える計算機を用いた濃淡付け技術について述べる.始めに,絵画における濃淡と陰影・光の関係を明らかにした.次に,濃淡付け機能を分類するために,芸術分野における陰影付け手法,濃淡付け手法の調査,デザイナに対するアンケート調査を行った.そして,この調査によりどのような濃淡付けを行っているかをまとめ,濃淡付けの計算手法について考察を行った.そして,従来の手法の欠点を取り除き,より高速で人の意図をよく反映できる表示技術として濃度分布曲線の設定方法,および作成方法,基本となる濃淡付け方法,濃淡混合演算手法を考案した.
第5章では,3章,4章で述べた機能を利用し,作画実験と評価について述べる.ここでは,どのような方法を用いれば図を容易に早く描くことができるかを調べるために,各種の図を作画した実例を示す.
第6章では,基本作画方法と基本立体の骨格,および入力法,立体形状の構成と表現法の自動化のためのアルゴリズムを開発し,それを用いて3次元形状の輪郭を効果的に描く方法について述べる.人手で透視図を作画することは時間がかかるだけでなく,不正確になったり,変更が困難であったりする欠点がある.このために,対話的に3次元形状を表現する技法を開発し,容易に意図した透視図を作画できるようにすることを提案する.さらに,視点の位置や光源の方向を求めること,およびそのデータを利用して3次元モデルを表現することや,3次元モデルの入力,作成の手法として,透視図から立体を再構成する方法について述べる.
第7章では,インタラクティブレンダリングを容易に行うために,3次元形状表現のルール化について述べる.本研究では,人の判断をとり入れることのできるインタラクティブな計算機的手法を用いて,形状の特徴の強調・省略を行えるようにしようとした.まず,曲面の形状の特徴を直接表現する方法を考察するために,従来の表現手法の特徴や欠点を整理し,特徴表現のための方法を調査した.これより,形状理解を容易にする表現を行うための基本原理として,面と面の区別,面形状の性質の区別,3次元形状の位置・方向の区別が大切であることを示す.そして,2次曲面の濃淡パターンを分類し,それを組み合わせること,および,具体的に作画を行うためのルールとアルゴリズムについて述べる.
第8章では,3次元形状を中心に取り扱い,意図する図を描くための作画実験とそれらに対する評価を試みる.この結果,本研究で開発した3次元形状図の輪郭および,濃淡表現法が有効であることを示す.
第9章では,以上の研究を総括し,本研究の成果,今後の課題について述べる.