第2章


2.レンダリングシステム構築のための考察

2.1 緒言

 本章では,より質の高い絵を容易に早く描くためのシステムについて考察する.計算機を利用する以前より,デザイナは筆や絵の具などの基本的道具を利用して,イメージを自分の表現技術を用いて作画してきた.この従来の方法では,描こうとする形や図の表現は,デザイナの手の動きに,直接影響を受けていた.従って,よいアイデアがあっても,それを具体的に表現することが難しい場合もあった.これを解決するために,デザイナのアイデアの段階から最終作品までの全過程を,計算機化すること,および,絵の具と筆のかわりとなり,絵を作成するための基本的道具としてデザイナが直接使えるシステムを作ることは重要である.

 第1章では,従来のシステムはデザイナの要求に十分応えられるものはなく,いくつかの問題点あることを示した.これを解決するために,本章では,まず,デザイナがコンピュータグラフィクスやレンダリングシステムにどのような考えを持っているかを整理し,従来の手作業による図形作画の手順や問題点を明らかにする.そして,より自然な入力方法を実現するために,図形の作画におけるデザイナの思考の手順を分析し,システムとして満たすべき条件および図形作画の機能を明らかにする.さらに,図形作成の立場から人と機械との関係を整理し,利用者とのインターフェースを良くするために,システムとしてもつべき機能をまとめる.

 以下,2.2節でレンダリングシステムの有効性と必要な条件について,2.3節でマンマシンインタラクションについて,2.4節で本研究で作成したレンダリングシステムの構成と図形入力について述べる.

2.2 レンダリングシステムの有効性と必要な条件

2.2.1 デザイナから見たコンピュータグラフィクスの有効性

 よりよいシステムを構築するために,デザイナに対して,グラフィクスおよびレンダリングシステムを利用する有効性について調査を行った.計算機を利用したシステムに対してデザイナが抱いている期待は,次のように整理できる.

1)線図形およびレイアウト変更による図の評価
 デザイナの感覚に合わせ,こんな感じの形をここへ,こんな色で,というようなことがすぐ実現でき,また,変更も行える.その結果,より自分のイメージにあったデザインやレイアウトができる.レイアウトがよいかどうかは描いてみないと判断できない.また,色や枠を指定しただけでは感じがわからない場合もある.実際に写真や図をあてはめてみると判断がつく.こういうことはコンピュータグラフィクスで効果的に行うことができる.

2)人手では困難な着色方法を用いた図の作成
 グラデーションをつけたり,ダブらせるようにすると動きのある図になってくる.思わぬ効果が出ることもあり,単純なものから複雑なものへと変わる.このようなことは考えても人手だけでは難しい.図の合成では一度ためしてみるとどうなるかわかる.従来の写真技術を利用するとき,2つの図を用意し,これらをどのように合成するかという指示はできても,その出来上がりの様子を予測することは困難である.従って,2つの図をフィルムにとり,それを透かせて様子を見ることになる.コンピュータグラフィクスを用いれば,合成した色が簡単な指示で短時間に制御でき,早く見ることができる.

3)色変更による図の評価
 図を作成するときの色の検討に利用できる.色の感覚はだれでも持っているものだから,容易に変えることができれば,より良いものができる.エアブラシを用いて人が図を描くときには,色をテストしながら描くことが多く,やり直しもある.この点において,コンピュータグラフィクスは試行錯誤が容易であり,優れているといえる.また,色が制御でき,容易に早く見ることができるため,デザイナの予測できない以外性にとんだよいものができる可能性もある.

4)デザイン作業時間の短縮
 人手によって図を描いていたのでは,時間がかかりすぎる.コンピュータグラフィクスを用いれば,繰り返しの多い図形の作画,変形した図形の作画や,多くの図を用意しておき,それらを組み合わせた作画が行えるという利点がある.いくつかの図を比較することも容易である.組み合わせを変えたり,色を変えたりしていくつかの図をつくることは重要である.これらのことは作画してみないとわからないことであり,比較するための図を描くことは短時間では困難である.

5)デザイナの感覚技術の向上と教育
 コンピュータグラフィクスを用いれば,作画時間の短縮や図の比較検討が手作業の場合に比べ容易に行えるため,効率よく教育に利用できる.いくつかの図を比較できることで感覚をみがくこともできる.また,新しい道具の利用による技術の向上にも役に立つ.

 現存のシステムではデザイナがあげた期待される有効性は,1章で述べた問題点からみてもわかるとおり十分実現されていない.今までは図の価値は計算機を用いて作ったことが重要なことであり,意味があった.質の高い表現や容易に利用できるインタフェースの作成,製作時間や経費の節減は重要とされていなかった.人がシステムを使って図を作成するので,マンマシンインタフェースの手法がとくに大切である.この問題について次に述べる.

2.2.2 ユーザフレンドリなレンダリングシステムの条件

 ユーザフレンドリなシステムが持つべき条件について述べる.従来のシステムでは,人の思考に対応する自然な図作成方法や,ユーザフレンドリなマンマシンインタフェースの実現はされていない.入力方法として,コマンド入力はよく利用されており,決まった図を,一定の手順に従って入力するときに有効である.しかし,アイデアの段階から,コマンド入力を用いることは手作業の方式と大きく異なり,図の修正を行いにくい状態であった.とくに,操作性の点から次のような意見がデザイナより出された.

 第1に,デザイナは頭と経験で新しい図をつくる.絵の具と筆のかわりとなる道具として修得し,初めて図をつくることができる.このために,今までの道具とギャップがないこと.つまり,考えたことが図として表れなければいけない.また,できるだけ,操作を少なくし簡単にすることが大切である.簡単であると使用が容易で習熟が速くなる.

 第2に,デザイナのアイデアはラフスケッチをしながら固められたり,スケッチをすることにより広がったり,評価できたりする.このためには,図の入力,修正機能が充実していることが必要である.これによって感覚のある人であれば,よい形状,よい色を作ることができる.デザイナが考えたイメージを作り出すために,どんな命令・操作をすればよいかを悩むようでは良いアイデアも消えてしまう.アイデアが広がるような使い勝手の良いシステムが必要である.さらに,すでに用意された図や新しく考えた図から,満足すべき内容と時間で完成させることが大切である.以上より,次のことがいえる.

1)組み合わせ可能で質の高い表示機能
 人が心の中に作ったイメージを図形表現できること.さらに各種の機能を組み合わせることが可能で,より複雑な質の高い表示が可能であること.

2) 高速な処理時間
 表現したい図形が短い時間で完成できること.また,インタラクティブ性を高めるためには,作業中に人が待つ時間が少ないこと

3)容易に試行錯誤ができるインタラクティブな操作性
 操作が容易であれば使用しやすく,習熟が早い.また,人の柔軟性に対応するためには試行錯誤を可能にすることである.同じ色でもその面積やまわりの色によって,人の受ける感じは変わる.配色は見ることによってつかめるものであるから,ディスプレイ上に表示しながら,人が判断できることは大切である.

4)高い信頼性
 利用者の誤動作に対して計算機が対応できることによって,人は気軽に利用できる.さらに,エラーに対して,既存のデータが保存されること.これによって,安心してシステムが利用できる.

 この4点が達成されたシステムを利用することにより,自由に,早く質の高い絵が描けると考える.

2.3 マンマシンインタラクションとレンダリングシステム

 使い易いシステムにするために,人が作画するとき,どのような言い方,指示で,どんな表現をしようとするのかを分析すること,および,その分析に基づき,メニュー形式だけでなく,絵の上に直接指示をする方法をまとめることが必要である.ここではこの分析に基づき,マンマシンインタラクションとレンダリングシステムの関係を考える.まず,人のもつイメージを図化するために,計算機を利用することを考える.いくつかの異なった絵を描くために,コマンドを入力する方法がある.マンマシンインタラクションは非常に容易であるが,このために,デザイナの作画要求に対して,事前にデータが用意されていなければならず,試行錯誤が容易でない.複雑な作画を進めるためには,創造的な人の思考力や構想力を妨げないような,効率の良い柔軟で強力なマンマシンインタフェースを提供しなければいけない.テクニカルイラストやカタログ作成などにおける総合的なレンダリングシステムでは,マンマシンインタラクションにいくつかの方式がある.

 図2.1に示すそれぞれの段階において,デザイナは異なった道具を用いる.この手順の中で,図の一部変更や色の部分修正は面倒なことであった.一度描いた図は紙の上では変更できず,白紙の状態からやり直すことも多い.従って,適当なところで妥協する場合もある.また,人手による作業ではいろいろな手法に限界がある.二つの図を合成するような例ではその割合を変更することは非常に時間がかかるものである.

 これらを計算機で実現するための人の指示は単純である.いろいろな作画活動に対応して,さらに使い易くするために適切な作画の入力方法を工夫することが重要なこととなる.描かれる図形と作画の関係は一対一に対応するが,人のイメージする図形を直接理解することは,計算機にとって通常困難である.しかし,良い入出力インタフェースを持てば,人の試行錯誤に対応して,入力の意味を解釈し,図形を変更することができる.図形作成を援助するレンダリングシステムの基本構成を図2.2に示す.3つの部分は,入出力インタフェース,基本作画,図形データから成る.これを実現するためには,基本機能が拡張できるようなインタフェースをつくること,要求される大きな機能を基本機能を用いて合成する方法をつくることが必要である.作画要求を予想することが図作成過程前には困難なため,組み合わせのできる機能構成を提案することは重要なことである.

 人の作画法とシステムへの入力法の関係について考えてみる.図2.3はデザイナの思考過程を表わしたものである.この図からみると,作画のために重要な技術は,線図形の作画と濃淡付けである.この技術を用いた作画手順は大きく3つにわかれ,領域を与え,濃淡を描いていく方法と,一つの図形を変形して複雑な図形を作画する方法,および,一つの図形やブラシを用いて濃淡をつけていきながら,より複雑な図形を決めていく方法がある.この3つの方法はそれぞれ次の問題点を持っている.

1)下図を用いる場合,ラフスケッチをして,下図を作成するまでには,大変な労力が必要である.さらに,描き上げた下図を入力するという2度手間がかかる.下図を効率よく正確に入れることができる方法が必要である.これらの問題を解決するためには,ラフスケッチの段階から計算機を用い,下図を作成することが必要になる.そして,従来の人の作画の方法と大きく異なることのない作画,修正方法が大切となる.

2)一つの図を利用して,より複雑な図を作成することは,変換の技術により行われていることである.一つの絵画を描くときには紙面の大きさや全体のバランスを検討しながら図形の位置,大きさを決めていく.このとき,それらのデータが事前にわかっていない場合が多い.従って,インタラクティブに画面を見ながら,直接,図形に指示することによって,修正できることが大切である.

3)ブラシを用いた濃淡表現は手の動作に対応して濃淡付けできる.これは自由な濃淡付けが可能であるが,このために,規則性のあるものは表現しにくい欠点を持つ.  また,上述の2次元的処理でも3次元図形を描くことは可能であるが,3次元形状を2次元に投影するときの制約をうまく用いて描くことが必要である.とくに,3次元形状を用いる応用分野は広く重要であるため,3次元形状の作画を容易に行うことのできる手法を作ることは大切なことである.3次元形状を作画する場合も,輪郭の線図形作画とそれに対応する濃淡付けが基本処理である.これを実現するためには次の方法が有効である.

1)図学的手法を分析すると,2次元的な初等解析幾何演算によって置き換えることが可能である.とくに透視図表現において,3次元形状データを利用することなく3次元形状図の輪郭を作画できる.

2)従来,3次元形状の濃淡付けは人の経験にたよっていた.それらを分析して作成した濃淡パターンを利用すれば,形状特徴を正確に表わすことができる.

3)3次元モデルがすでにあれば,それを用いて濃淡表現を行い,図を作成することができる.この図をもとに,修正すれば意図した図を描くことができる.

4)3次元形状の画像があれば,それを修正したり,合成したりすることによって,形状理解をより助ける表現が可能である.従来,写真修正は手作業で行われていたが,最近になり,計算機システムが利用されはじめている.しかし,それらをみると,必ずしも人にとって容易なものとなっていない欠点があった.

 これらの機能はいろいろな表現をするために必要であり,それぞれの欠点を補うことができる.これらの機能を生かして利用すれば,従来からの絵の作成方法に近い方法として,システムの利用が容易になる.次に,これらの機能をもつ本研究で作成したシステムの構成について述べる.

2.4 図形作画と入力方法

2.4.1 システム構成と図形作成機能 

 前述の条件を満たすことを目標に作成したレンダリングシステムCARPのシステム構成を図2.4に示す.作画機能として,a)線画機能,b)濃淡付け機能,c)編集,変換機能があり,補助的な機能としてd)色作成機能,e)ファイル管理機能がある.以下,これらについて述べる.

a)線画機能
 折れ線,スプライン曲線,円,楕円,矩形,水平・垂直線,組み合わせによる複合曲線をもつ.線画作成の補助としてグリッド機能,セグメント機能を利用できる.これらを利用するためには,1)線の種類,2)線幅,3)線の色,4)線種類に対応するパラメータまたは座標を指定する.  3次元形状図の輪郭作画は,基本立体の定義に必要最小限のデータを作画面上で指示することによって行う透視図法,パースエイド法,およびワイヤフレーム法がある. 

b)濃淡付け機能
 与えられた領域に指定した色をつけていく領域濃淡付け方法,与えられた領域の一部を修正する方法,および,移動可能な小さな領域を用いて色をつけていくブラシ機能を持つ.これらの機能を利用するためには,1)濃淡,柄,画像の種類,2)濃淡変化または柄,3)色とその位置,4)色演算の種類を指定することが必要である.  3次元形状図の濃淡付けは上述の濃淡付け機能をレンダリングルールを参考にしながら行う方法と陰影付けの手法を用いて行う方法がある.

c)編集,変換機能
 線画,面画の平行移動,回転,拡大,縮小,鏡像変換,および,色変更しながら変換する機能をもつ.これらを利用するためには1)変換の種類の選択,2)変換する図形,画像,3)変換の種類に対応する変換データを指定する.

d)色作成機能
 基本色選択,カラーテーブルによる記憶,カラーバーによる作成,色表変換を利用する.色モデルはRGB(赤,緑,青),CYM(シアン,イエロー,マゼンタ),HLS(色相,明度,彩度)を目的に応じて使い分ける.このために,画像の色演算を行うときは,画像の色と領域,演算の種類,演算するための値が必要である.LUT(ルックアップテーブル)を用いるときは画像の領域と色,変更の範囲(単色か全体),変更色が必要である.

e)ファイル管理機能
 線図データ,画像データの保存,呼び出しを行うものである.

2.4.2 入力データと入力操作の関係

 絵を描くということは,言い替えれば,人が利用する作画機能の入力データを決めることである.これらの入力データを効率よく入力するためには適切な入力操作と関係をつけることが大切である.たとえば,手で線を作画するときはなん本も線を引き,その中から,よいものを選んでいる.これから,一度入れたデータを全部消すことなく,修正したい頂点を指示し希望する位置へ移動させることや変更部分だけを描き直すことは視覚的でわかりやすい方法といえる.また,濃淡付けを行う場合においても,数値で色を指定することは人にとってわかりやすいものとはいえない場合が多い.その色を表示してみることが大切である.図形変換をする場合においては,変換後の図形が表示されていなければいけない.図の上でその形状が決定できればよいのであって,変換の数値が始めに与えられていることは少ないためである.このように,作画面上でインタラクティブな絵の作成,修正が可能になれば,2次元図形を描くことは容易にできるようになる.

 3次元形状を表現するときにも,この考えと同様に進めることが必要である.図学において,透視図を描くためには図法に従って作画する.これらの図法の処理が計算機を用いて行うことができれば,人にとって分かりやすい2次元的処理によって,正確で高速な作画を行うことが可能である.

 以上のことから,本研究では人の作画操作の容易さを実現するために,作画面上への直接的な指示による図形の作画・変更を重視した入力法を用いる.図2.5に入力インタフェースとレンダリングシステムの関係を示す.これによれば,人の操作が図形に変更され,そして,コマンドが作成され,目的とする処理が呼び出されたソフトウエアによって実行される.本研究では,この考えに従って,入力インタフェースを作成した.

2.5 結言

 本章ではコンピュータグラフィクスの有効性,ユーザフレンドリなシステム,図形作画機能,入力機能を整理し,次のことを述べた.

1) コンピュータグラフィクスの図形作画機能の有効性についてデザイナの意見を整理した.そして,ユーザフレンドリなシステムの条件を示した.
2)図形作画手順を見直し,よりよいマンマシンシステムの方式をまとめた.
3)本研究で目標とするレンダリングシステムの機能構成を示した.

 これらに基づき,以下3章では線図形入力,4章では濃淡表現,5章ではこれらの機能を用いた作画を用いた評価実験,さらに,後半の6,7章では3次元形状図の輪郭作画,濃淡付け,8章では3次元形状図の評価実験について述べる.