5.濃淡図形の作画実験と評価


5.濃淡図形の作画実験と評価

5.1 緒言

 本章では3,4章で述べた各種手法をまとめたレンダリグシステムCARPを用いた作画実験とその評価について述べる.作画実験は,1)各作画機能を利用した実験例,2)人手によって描かれた図とその計算機作画例との比較,3)各種の作画手順によって作画した例を取り扱った.このように分けた理由は,1)グラフィクスの基本命令として有効な機能かどうか,2)作画の質は従来の人手によるものと比べて,どのように異なるか,3)作画方法や手順は計算機を利用することによりどのように変わったか,また効率良くなったかを調べるためである.これらの作画実験には,デザインの専門家も参加した.

5.2 機能評価のための作画実験

5.2.1 作画機能評価のための作画実験

 本節ではCARPのもつ作画機能を個別的に用いて,それらの表現能力,利用のしやすさについて考察する.システム全体の評価のために,3,4章で提案した機能だけでなく従来より提案されている作画機能についてもいくつかの例を示す.作画例は1)濃淡付け,2)編集,変換,3)色変換・演算に大きく分けた.以下に,例図を作成したときに用いた機能を示す.

1)濃淡付け
 各実例は使われた機能の有効性を調べるだけでなく,図としてきれいなものにするために他の機能も利用している.

・単色塗りつぶし   図5.1,図5.2
・パターン塗りつぶし 図5.3
・基本濃淡付け    図5.4,図5.5
・直線濃淡付け    図5.6,図5.7
・放射濃淡付け    図5.8,図5.9
・ブラシ機能     図5.10,図5.11
・濃淡修正      図5.12,図5.13

2)編集・変換
 この機能はコンピュータグラフィクスの基本技術である.図を作画するために有効であり,システムとして必要であるので,これらの作画機能を作成した.これらは数値データを入力するのでなく,ディスプレイ上でその位置,大きさを表示しながら検討できるようにした.

・平行移動 図5.14
・鏡像変換 図5.15,図5.16
・複合変換 図5.17

3)色変換・演算
ここで演算とは,重ね合わせるときに重ねる色の割合を与え,塗られている色と重ねる色を合成することをいう.また,変換とは描かれている色を取り換えて異なった色を塗り直すことをいう.

・色演算 図5.18
・色演算 図5.19
・色変換 図5.20

5.2.2 作品と作画例の比較

 人手で描かれた作品とCARPを用いて筆者らが描いた作品例を示し比較する.図5.21はH.Jacobyの作品をもとに,キャラクタディスプレイを用いてコマンド入力しながら作成したものである.図5.22は酒井清春,図5.23は東郷青児の作品であり,同図(b)はCARPを用いた作画例である.これらの図は濃淡が簡単に作画できるかどうかをみたものであり,見本の図が与えられ,タブレット上で領域を入力しながら濃淡付けや修正を行なったものである.図5.22において作画に費やした時間は約2時間である.2時間のうち1時間は表示時間や図の一部を保存する時間である.従って,人の操作する時間は少ないので,表示・保存時間を減らすことによりインタラクティブ性は高められると考える.また,東郷青児の作品をもとに,濃淡付けと濃淡修正を行って作画を試みた.たとえば髪,顔は一度の濃淡付けの指示では難しく,修正機能を多く用い,部分的に修正を加えた.これらの感じは表現できていると考える.図5.23は3時間程度で作成できた.

5.2.3 いろいろな作画手順による例

 本節では作画手順を評価するための例を示す.人手の場合にはいろいろな道具を個別的に利用しなければいけない欠点があったことに対して,CARPを用いることにより,これを解決する有効な図形作画の手順が見いだされた.本節で取り上げた1)手描き入力による作画例,2)編集機能を利用した作画例,3)画像合成による作画例は有効な利用方法と考える.

1) 手がき入力による作画例 図5.24
 図5.24(1)から(8)に作画の過程を示す.このように,フリーハンドの線分を変換して直線や円を描いたり自由な位置に図形を配置したりする場合は非常に有効である.

2)編集機能を用いた作画例 図5.25,図5.26
 図5.25(a)は人手で描いた下図で,図5.25(b)はこれを入力し,変換機能を用いて画面をみて意図する場所・大きさを指定し,全体を描いたものである.一つの図形を軸方向に拡大や縮小したりすることにより,形を変えることができるだけでなく,見る方向や物体の位置を変化させることができる.図5.26(a),(b)は手描き入力によって作画した輪郭の中を直線濃淡付けしたものである.これをもとに配置したものが図(c),(d)である.ディスプレイを見ながら描いたものであり,このような完成図の下図は用意されていない.これから試行錯誤的に作画する場合にも有効であることがわかった.

3) 画像合成による作画例 図5.27,図5.28
 一つの背景にいくつかの図形をはめ込んだものである.このようにいくつもの比較が容易に可能である.このような図を人手で描くことは大変時間のかかることである.CARPを用いれば,非常に容易に描くことが可能である.これらの例からわかるように部分的に図を描いておき,それを合成することにより多くの図を短時間に作成できる.

5.3 考察

 以上のような作品例をもとに,表現能力,作品に対する評価,システムについて考察する.

1)各機能の表現能力と有効性
 図をみてわかるように,各機能は豊かな表現能力を持ち作画のために有効な道具になることが確認できる.濃淡付けは例図からわかるように塗りつぶしと領域濃淡付けにより,多くの例に対応できる.とくに基本濃淡付けや濃淡修正は複雑な形状,たとえば,人の顔を表現する場合に重要である.4章で提案した濃淡付けを用いることにより,従来のシステムに比べて,格段に豊富な表現ができるようになった.

 また,例図を作画するために利用した回数を調べたことから次のようなことがわかった.
 1.線画セグメントは,色変更,濃淡変更,マスク処理に有効な機能であった.
 2.濃淡付け機能はよく使われた.デザイナの意図するものと表現される結果が対応するためである.
 3.図形変換は計算機を用いることにより,正確に迅速に行うことのできる有効な機能であった.
 4.色決定法は容易で,だんだん色を変えたりすることもできた.また,思いどおりの色も試行錯誤で作成することができた.

以上の各機能が有効な機能といえる理由は次のようである.
 (1)入力が容易で,対応する出力が理解しやすいこと.
 (2)計算機利用の有効性が生された機能であること.
つまり,前述のシステムに対する要求項目が満たされていることがよく利用されることに通じる.
 

2)作画時間
作画実験の例では1.5時間から12時間と幅のある結果となった.時間が多くかかった原因は,
 1.被験者がシステムの機能について不慣れであったこと.
 2.システムの機能を学習および,評価しながら作画実験を行ったこと.
 3.システムの機能(表示時間・操作法)に問題があること,
である.

 1,2については被験者の訓練により解消される.3については高速表示アルゴリズムや,作画手順の整理を行うことにより解決した.

  3)作品に対する満足度  高い技術を持つデザイナはコンピュータグラフィクスを道具としてとらえ新しい作品を作成している.新しい道具の特徴が生かせた表現ができたというよい感想である.エアブラシを使用できない人からは,CARPを用いることにより,自分の手では表現が困難な絵が作成できたという感想を得た.

4)人手による手順と計算機作画による手順の比較
 CARPを用いて作画を実際に行ってみると,人手に比べて,一貫した操作の流れの中で有効ないくつかの作画手順が見いだされた.これを図5.29に示す.

 人手の場合は図の検討段階において,実際に図として完成されていない状態で想像力を働かせ,図の評価をしなければいけなかった.これに対して,CARPを用いれば,図の比較において,ディスプレイ上で完成図として評価が可能である.このため,図の完成度は高くなり,作画の時間も短縮されることになる.

 また,手描き入力を用いれば,手の動きが図に直接反映するので作画が容易になる.人の不正確性を計算機によって修正できるので,アイデアをもとに,フリーハンドできれいな線を描くことができる.これによって,人は定規などを使わないで正確な図形を描くことができるようになる.これによって,下図を描く必要が少なくなった.

以上の4点を総合して次の評価を得た.

 第1に人が絵の具を用いて作画を行うと色ムラが生じる.これにより立体感が薄れる場合がある.CARPを用いれば,色のバラツキがなくなり,階調がはっきりするため立体感が強調される.

 第2に絵の具を用いる作画では色作りや塗りつぶしたり,乾かすしたりする時間が多い.CARPによるいくつかの作画例から数倍から10数倍の速さで作画ができる.

 第3に2次元上だけで立体感を出すことのできるこの濃淡表現法は簡略的で有効であり,グラフィクスの基本技術として重要なものである.これらの機能を用いれば,各種の濃淡図形が作成でき,絵画,イラスト図の作成だけでなく,立体表現にも本システムが有効である.

 第4に画面に直接描きたい図形を指示していく方式は直感的である.画面の上で図形の評価が可能であるために,図の完成度は高くなる.

5.4 結言

 レンダリングシステムを用いて作画実験を行い,各機能の評価,および,作画手順について考察した.これにより次のことがわかった.

1)3,4章で提案した手法は表現能力が高く,質のよい図を描くことが可能である.これらの機能は基礎手法として有効である.
2)濃淡付け手法をはじめとして,本研究で開発した作画機能は2次元図形だけでなく,3次元形状の表現にも有効に利用できることがわかった.
3)効率のよい作画を可能にすることにより,創造的画像が生み出される.このために,操作手順は少ないことが望ましく,繁雑であってはいけない.本システムは操作が容易であり,作画したい図と表示が一致する.
4)下図作画の省略や画像合成機能の利用によって,作画時間は大幅に短縮できる.
5)実用的システムを目指す場合は,画像入力処理技術,マッピング技術,文字作画などのコンピュータグラフィクス技術を取り入れた総合的なシステムにする必要がある.