第7章


7.3次元形状図の濃淡表現,

7.1 緒言

 本章の目的は,コンピュータグラフィクス分野の重要な課題である,3次元形状の理解を容易にする濃淡表現手法を実現することである.

 近年,マンマシンインタラクション方式を用いたシステムが,多く利用されるようになってきた.このようなシステムにおけるインタラクションでは,図の果たす役割は大きく,図形情報を表現する能力の拡充が行われてきた.とくに,3次元形状を取り扱うことは,いろいろな応用にとって重要であり,3次元形状を表現した図(3次元形状図)の作成手法の開発が望まれていた.従来コンピュータグラフィクスの分野で表示の問題は多く行われてきたが,人にとって理解しやすい形状の特徴強調・省略に関する表現は不十分である.

 一般に,人の理解を助けるために,形状を分かり易く示す技術は,テクニカルイラストレーション分野のレンダリングと呼ばれている.この技術をもとにしたコンピュータ援助によるイラスト図の作成方法の実現,および,作画のための濃淡パターンと作画手順を整理し,自動化していくことが必要である.このような計算機を用いた作画手法をインタラクティブレンダリング手法と呼ぶ.この技術が可能になれば,意図した図を適切,かつ容易に作画できる.これを用いれば,ものの丸みやふくらみなどの形状的性質を表現でき,図から形状の感じをよく理解することができる.しかし,人の技術の違いによって適切な表現ができないこともある.これは濃淡パターン化や作画手順の整理がされていないためである.

 これらから,作画をより容易にし,質の高い図を作成するために,濃淡パターン化,作画手順の整理が重要と考えた.まず,従来の表現手法の特徴や欠点を整理し,特徴表現のための方法を調査した.これより,形状理解を容易にする表現を行うための基本原理として,面と面や,面形状の性質の区別,3次元形状の位置・方向の表現が大切であることがわかった.とくに,形状を局所的にみると2次曲面で近似できることから,2次曲面の形状の性質の大きな特徴である曲がり具合を示すための濃淡パターンを分類し,それを組み合わせることが有効であろうと考えた.

 この考察をもとに,具体的に作画を行うための手順を考え,計算機で実現するためのアルゴリズムを考えた.この作画処理アルゴリズムは,きわめて単純で高速に実行が可能である.そして,3次元形状図の作画にこのアルゴリズムが有効であり,効率よく3次元形状を作画できることが確かめられた.これにより,前述の目的はほぼ達成できた. 

 以下,7.2節ではグラフィクスにおける形状伝達に必要な技術,7.3節では3次元形状図の表現,7.4節では濃淡表現のための2次曲面のパターン化,7.5節では形状表現技術について述べる.

7.2 形状伝達に必要な表現技術

 コンピュータグラフィクスを用いて作られた絵を利用する目的はいろいろなものがある.たとえば,それぞれの目的を達成するための道具として用いられる設計図面や,カタログや絵画のようなもので,作られた図自身が重要なものなどがある.

 これらの中で3次元形状図は,情報を視覚的に伝えるという役目を持っている.この役目を達成するためには,次の要求を満たさなければならないと考える.

1)伝えたい情報が正確に表わされていること. 2)容易に理解できること.

 そして,この2つを満たすためには,次に示す表現技術を導入する必要がある.

1)特徴の強調,省略
 伝えたい情報だけを正確に表現することが,理解を容易にする.このために,形状特徴の強調,省略が行えることは重要である.人の持つイメージに合うように強調,省略を行うことによって理解を助ける.

2)幾何学的に正確な作画
 これは形状を表現するときに大切である.陰影は形状を示す補助手段で,幾何学的な誤りを,陰影によって修正できないからである.このため,立体を理解させる図をつくるときには幾何学的条件を満たしてから,陰影を付ける必要がある.

3)カラー濃淡表現
 対象の内容に合わせて区別したり,強調するとき,及び,対象を,より写実的に表現するときに用いる.

4)対話による作画
 人が自分の意図する図を作成するためには,対話的に作画できることが望ましい.たとえば,反射モデル表現にハイライトを入れるとか,写真のデータを修正するような場合である.このようなときに,手軽に作画できることが大切である.

 これらが可能となれば,意図したものを容易に描くことができ,理解を助ける表現を作ることが可能である.とくに,これらの条件のうち,3次元形状の情報伝達のための特徴の強調・省略を以下では取り扱う.

7.3 3次元形状図の表現 

 本節では,3次元形状の理解を助ける作画の基本原理について述べる.形状感の理解しやすい図を作画するためには単に写実的な表現ではいけない.人が形状を理解しやすいように手を加える必要がある.特によく知っている曲面に対してそれをパターン分類して形状感の違いを示すことが理解を助けることに役にたつ.

 まず,人が図からどのように形状を理解するかを考える.人は対象が与えられたとき,いろいろな形状の性質を整理して持っている経験的イメージと対象とに本質的な差があるかを調べる.人が図を見て形状を理解するとき,図の小さな一部分ずつを独立にみて理解するのでなく,自分のもつイメージの濃淡変化と,どのように違うかを見分けることを行う.これにより,人は濃淡から形状のふくらみや,へこみを理解できる.

 図7.1は平面的な図に,シンボル的にハイライトを加えたものである.図の一部分に特徴的なハイライトを加えることにより,立体的な感じを表現している.このように,絵に人が手を加えることによって,3次元的に表現することは広く行われている.

 図7.2は顔の絵である.この例のような形状を表現するために,3次元モデルを計算機内部に作ることは困難である.濃淡付けを行い,立体感を出す方法は,簡略的で有効である. これらの例においては多数の人が幾何学的に正確に形状を認識しているとはいえない.これに対して,人は図7.3に示すような立体を見たとき,球面であるとか,円柱面であるとかというように,区別をつけることができる.これから,円柱面・球面のような2次曲面は,人が経験的に特徴を整理して,イメージとして持っていると考えることができる.これらの立体では,図に表現された形状と対象に対する認識が対応するので,あいまい性がなくなり,形状理解が容易になる.このため,2次曲面に対して濃淡パターン分類をして,形状の違いを示すことが理解を助けることに役にたつといえる.

 このように,濃淡パターンをを作成する目的は,伝えたい形状のいろいろな性質を,人に容易に理解させることである.図7.3(a)は円柱と球の相貫体の写真,図7.3(b)は本ソフトウエアを用いて濃淡表示した例である.これらを形状感の表現という点で比較すると次のようになる.

1)球・円柱は一様な変化をもつ曲面である.光源を一つとして考えた時,その濃淡変化は単調であり,光源の位置を変えても一定のパターンをもっている.写真ではいろいろな反射光のため濃淡は一様でなく,形状を誤解する可能性がある.イラスト図では濃淡幅を大きくとり,一様な変化をつけて見た.これにより,人のイメージと一致し理解を助けることができる.2)相貫線に注目すると,写真では右はよくわかるが,左は濃淡差がないためよくわからない.イラスト図では濃度を変えることによりはっきりと示すことができる.

 図7.4は,人が物理法則に従っておよその濃淡をつけたり,線を入れたりして,形状理解を助けるようにしようとした例である.

 図7.4において形状理解に役にたつ点をあげると,

1)円柱部の丸みが,濃淡変化によってよく示されている.
2)図の輪郭線が,濃くはっきり示されている.
3)水平面と垂直面が濃度の違いで示されている.
4)光線を一つと考えず,曲面形状を示すために,別の光源を仮定して表現している.
5)離れた面の区別に黒い線を用い,異なった位置を示している,などがあげられる.

 これから,3次元形状図作画の基本原理は,1)面と面,2)面形状の性質,3)面の位置・方向などを区別できるように適切に表現することであると考えられる.このために,これらを線の挿入,濃淡変化の強調表現が有効である.これらの表現技術をまとめたものを,レンダリングルールという.

7.4 2次曲面の濃淡表現

 2次曲面のパターン分類を行い,形状の違いを示す濃淡表現法を考える.ここで取り上げる球・円柱などは人がよく知っている曲面で共通に理解しているものである.そのためパターンをはめ込むことによって形状理解を助けることができる.パターン分類によって,2次曲面として濃淡表現された図は人が理解する内容と一致する.このことから,2次曲面の濃淡をパターンをもとに内挿によって求めることは情報伝達手段としての表現法として有効なものといえる.

 ここでは,2次曲面のパターン分類を行うために次の方法を行った.

(1)実際の模型を見ながら形状伝達のための濃淡作画を行い,いくつかの共通点を見いだす.図7.5に濃淡図形の例を示す.
(2)図7.6のような写真をいくつかとり,等濃度線を作画する.

(1)の方法では模型の濃淡変化を人がそのまま写しとることは難しく,形状をわかりやすくするために濃淡を修正するので,描かれたものは人が理解しやすいものである.また,(2)では図7.6のように実際の濃淡変化を出すことにより,(1)の結果の評価を行うことができた.

 これらをもとにパターンの整理を行った.その結果を図7.7に示す.球はだ円の拡大,円柱はだ円弧の平行移動,円錐は直線の回転,楕円放物面・一様双曲面は左辺から右辺へ中間写像によって,面内の濃淡の変化を決定した.このようにパターンを数式化することにより,曲面の形状の違いを示す濃淡変化を作ることが可能となった.そして,このようなパターンに従って濃淡付けを行うことにより,曲面形状の理解を容易にした.

7.5 形状表現技術

 本節ではレンダリングルールについて述べる.

 まず,ルールをまとめるために図の評価を行った.これらは図7.8に示すように人手によって描かれた濃淡図で,理解を助けると思われる点と,間違われる点,または分かりずらい点を示した.図に示した評価は約100名の学生の意見をまとめたものである.これらを次の2つの考え方にもとづいてルール化した.1)陰影・反射モデルを用いて計算し,濃度を決めることができるが,そのためには3次元モデルを必要とし,大変な作画時間がかかるので,ルール化して簡単に作画しようとするもの.2)陰影計算からでは描くことができない特徴の強調・省略を表現法としてまとめるもの.たとえば,面と面の区別を行う線の挿入である.

7.5.1 面と面の区別

 表現された図の中から面と面を区別することによって,人は一つ一つの異なった面として理解することができる.これは図から立体形状を理解するための第1条件である.このために,面の境界を明確に表現することが大切であり,線を追加する方法が有効である.

 線は2種類にわかれ,図7.9に示すように輪郭線と内形線がある.輪郭線は可視面と不可視面で構成される稜線,内形線は接続する2つの可視面で構成される稜線である.面と面を区別するルールを次に示す.

 1)輪郭線は濃く太い線で示す.
 2)後方に面のある輪郭線で,2面とも同じくらいの濃度のときは,後方の面に少し濃淡変化をつける.
 3)ハイライト部の輪郭線は少し薄く細くする.
 4)内形線は,光って見えることが多いので,薄い線で示す.
 5)凹部で2面とも濃いときの内形線は,それらの面より少し薄い線にする.
これらのルールは図7.10の手順で適用される.

これらの線の表現の特徴を次に示す.

1) 各面の区別を,正確に表現することが可能である.
2) 輪郭線と内形線の判定を人が適切に行えるため,ルールへの適用が容易である.
7.5.2 面形状の性質の区別

 面形状の性質の理解を可能にするルールを次に示す.

1)立体の面内部を塗りつぶすためには,図7.11のような濃淡パターンを用いる.
図7.11は平面,円柱,円錐,球の濃淡パターンである.ここでは2次曲面のうちから,実際の機械部品などでよく利用されるものを取り上げた.光線を数方向に仮定することによって,パターンの数を限定し,作画を容易に行うことを可能とした.たとえば,円柱は,上面のだ円を定義するための3点と,側面の高さ,および,パターンの種類を入力することにより作画できる.

2) 同一面の表裏の違いを表現するためには,濃淡付けを点対称に行う.
図7.11の円柱の側面と穴の例が,点対称の濃淡付けの例である.

本ルールの特徴を次に示す.

1)濃淡データを計算機内部に持つため,人の技術に左右されることなく,作画が可能である.
2)濃淡パターンを組み合わせて用いることにより,立体表現を効率良くおこなうことができる.

7.5.3 面の位置・方向の区別

 面の位置・方向を的確に表現するためには,陰・影・反射・奥行きを,濃淡表現によって示すことが大切である.このために濃淡のパターンの方向,濃淡幅の指定,濃度演算が必要となる.ここで,陰は対象物体に光線をあてたとき,光線のあたらない物体部分をいい,影は,物体に遮られた他物体の光線があたらない部分をいう.これらを指定する手順を図7.12に示す.これらの表現を,次のようにまとめた.

1)面の傾きを示すには,濃淡変化の方向を指定する.このために,仮定する光線に対する面内の垂直線を基準にする(図7.13).反射光も同様に取り扱う.
2)面の奥行きを示すには濃淡幅を大きくする.
3)仮定する光線に面が平行,または表示面に平行に近くなるほど濃淡幅を小さくする.
4)姿勢を示すには影の領域のすでに描かれている濃度を一定値だけ下げる.これによって,強い光線の影が表現できる.
5)仮定する光線が弱い散乱光のときには境界を少しぼかす.このためには,影の領域周辺の色に徐々に濃淡を変化させる.

 このルールによって,対象の各面や全体の形を明確に表現することが可能となる.

7.6 結言

 本章では,曲面の形状感を示すパターン分類の考察と,人がいろいろな指示をすることにより濃淡図形を作画することのできるソフトウエア,さらにそれらの適用例について述ベた.この結果,次のようなことがわかった.

1)機械的に陰影図を作成する方法に比べ,特徴の強調,省略を行い,図を作成する方法は形状感の理解を助ける有効な手段である.
2)2次曲面を区別するための濃淡パターン分類を行うことにより,曲面形状感の区別ができる表現法を確立した.これにより,表現する内容と人が理解する内容が一致し,人の形状理解が正確なものとなる.
3)従来からテクニカルイラストレーション分野で行われていた形状表現を整理することによって,レンダリングルールを確立した.これを利用することによって,3次元形状の情報伝達を円滑に行うことができる.