第8章


8. 3次元形状図の作画実験と評価

8.1 緒言

 本章では,6,7章で述べた3次元形状図の輪郭作画,濃淡付けのためのレンダリングルールを適用した作画実験と評価について述べる.まず,はじめにレンダリングルールの評価を行う.レンダリングルールの評価のためには実際に適用してみて,その出力図を評価することが適当と考える.このために,ルールに従って描いた鉛筆がきの濃淡図と計算機を用いた濃淡図の比較を行った.そして,面に濃淡パターンをつけたものから,順にルールを適用したものを作画し,比較を行う.

 次に6章で提案した手法を用いて3次元形状図の輪郭の作画を行い,レンダリングルールを用いて,濃淡付けした例を示す.これらの例をもとに,手法の有効性を評価する.さらに,3次元形状モデルをもつ場合,それを利用して濃淡表現し,インタラクティブレンダリング法によって出力図を修正し,意図した図にする方法の評価を行う.

 以下,8.2節でレンダリングルールの適用例,8.3節で手描き透視図の作画例,8.4節で3次元モデルの出力例とその修正例を示す.

8.2 レンダリングルールの適用例

8.2.1 手描き濃淡図と計算機出力図の比較

 図8.1,8.2,8.3は機械部品の人手による鉛筆画と計算機出力図の作画例である.鉛筆がきの図は濃淡変化を少しずつ描きながら,陰の部分を濃くしていく.そして,最後に,濃い線をかき加えたものである.線の白い部分や面のハイライト部は色付けを行わず,地の色をそのまま利用した.濃淡付けに要した時間は,ほぼ1時間から2時間である.濃淡や線の太さが非常に細かく表現できることが特徴である.しかし,表現力をみると,平坦な面がでこぼこみえたり,丸みが一様に見えないという欠点がる.これに対し,計算機出力は濃淡変化が規則的に描くことができる長所をもつが,ドット単位の表現のために,線がなめらかに見えないという欠点がある.作画時間は30分程度である.

8.2.2 レンダリングルールの適用例

 レンダリングルールの評価のために,図8.4,8.5に,ルールの適用を変えてみた例を示す.これらは写真をもとに,人が輪郭データを入力し,レンダリングルールを以下の図(a)から図(d)の順に適用し,作画したものである.

図(a)は,各面に濃淡パターンを利用し,作画したものである.これによって平面,円柱の感じをつかむことができる.しかし,この図からみてもわかるように,面の境界の区別がつきにくい部分がある.

図(b)は,輪郭線を濃い線で示した.内形線もここでは濃い線を用いた. 図(c)は,内形線をうすい線で,だ円は濃淡変化のある線を用いて面の境界を示した. 図(d)は,影の領域を少し濃度を下げることにより,はっきりと示し,強い光線の感じを表現した.

 図(c),(d)は濃淡パターンの適用,および,線の作画の適用を行ったものであり,図(a),(b)に比べて,形状は理解しやすく,不自然さも少ない.これにより,形状伝達のための表現には,このようなレンダリングルールが有効であるといえる.

8.3 手描き透視図法を用いた作画例

8.3.1 透視図の下図作画と濃淡付け

 図8.6,8.7,8.8は手描き透視図の手法によって作画した線図の例である.基本立体作画機能,コピー,回転を用いて作画したものである.これらの線図を描く時間は5分から20分である.図8.6は立方体をコピー機能によって上下左右の方向に配置した例である.方向を指示するメニューを選ぶだけでコピーが可能なため,立体の構成を図を見ながら行うことができる.図8.7は回転機能を用いたものである.三つの大きな直方体は回転した位置にある.このように見える配置を空間的に考えることをせず,図の中へ直接方向を示したものである.図8.8は分割機能を用いて作画した例である.

 図8.9,8.10,8.11は線図と濃淡図形の例である.これらを作画する時間は線図で約20分,濃淡付けに約30分から一時間程度である.図8.9は多数の直方体を用いてディスクプレイヤの外観図を描いたものである.図8.10は室内の様子を表現したもので,線図では詳細な部分は表現していない.濃淡付けを行うときに追加した.このような濃淡図を作画することは物理的演算では難しいものである.図8.11は手描き透視図により,多面体を作画し,その角を濃淡付けによって丸めを行った例である.この手法は人手で作画する手順と同じであり,利用しやすいものである.手描き透視図は2次元処理によって3次元形状処理を行う方法であり,コンピュータグラフィクスと図学の長所を生かしたものである.

 作画実験によれば,下図を描く段階までの作画時間は両者の時間を比較してみると,きわめて短時間に行うことが可能になった.これからアイデアを図化する段階からの利用,絵画を描くときの構図の検討,おおざっぱな下図の作画への利用,写真との合成への利用など各種の分野への発展が予想された.

8.3.2 構図変更

 透視図の構図変更には,見る方向の変更と見る位置の変更がある.この二つの要素は意図した図をつくるために重要なものである.骨格入力法により,意図した図形は作画できるが,場合によっては変更することも必要である.図8.12(b),(c)は図8.12(a)の直方体の構図にあったものを描いたものである.図8.13は見る方向,見る位置を変化させるために骨格を変更し,あらためて透視図作画を行ったものである.このように複数の立体を自動的に作画することは立体間の空間的関係が未知であるためにできない.意図した骨格の構図にあった図を自動的に作画するためには,立体情報を再構成によって作り,さらに骨格から視点情報を計算する必要がある.

8.3.3 影付け

 6章で透視図の中に影の方向を示すことによって与えられた図形の影を描く方法,影の消点から3次元的な光線の方向を求める方法について述べた.これらの例を図8.14に示す.図(a)は透視図上で意図した影の方向を立体の一辺の方向によって決定したものである.これをもとに視点,光線方向を計算し,3次元的処理によって陰影付けをしたものが図(b)である.そして濃淡付け,マッピング手法を用いて図(c)を作画した.

8.3.4 立体再構成

 手描き透視図の形状に一致する3次元モデルを作成し,その濃淡表示を行った例を図8.15に示す.図(a)は手描き透視図法により作画したもので,これをもとに3次元データが作成できる.この段階では各線の長さの比と位置の情報が得られる.この3次元モデルデータを,望む大きさに変換するために,一辺の長さを指定する.これによって,希望する3次元モデルの大きさと視点の関係が決定され,透視変換できる.これが図(b)であり,この図は図(a)と一致する大きさである.これに濃淡付け機能を用いて修正したものが図(c)である.図(d),(e)は見る方向を変えた例である.このように,一度3次元データをつくると,そのデータをもとに構図を変えた図が容易に作成できる.この技術を発展させることにより,立体入力法の一つとして有効な手法となる可能性がある.

8.3.5 写真合成

 ここでは,写真を透視図と同様と考え,レンズのひずみによる誤差は含まないとする.写真に透視図を合成するためには,従来から行われている経験による方法と空間上の点と写真上の点との対応から視点を求め,それから3次元モデルを透視変換する方法の二つが利用されている.

 ここでは写真に立体を合成する方法として,手描き透視図の手法を応用する.この方法では消点計算の条件を満たした6本の線が写しこまれている1枚の写真が与えられれば,これらの線から3つの消点が計算できるので,写真に一致した図を描くことが可能である.この方法により,従来の経験的手作業による不正確さがなくなる.

 図8.16は写真に手描き透視図を合成したものである.図aは写真をスキャナで入力し,タブレットを用い,指定した消点を求める6本の線分を示す.このときの消点は画面から大きく離れており,手作業の場合はこれらの点を参照することは難しい.図(b)は写真にいくつかの部分を加え,濃淡付けしたものである.

 図8.17は透視図の修正例である.図(a)はスキャナ入力したもので,これらから消点を求め,3カ所へ図形を追加したものが図(b)である.

 図8.18はモンタージュ写真の例であり,写真(a)の中の物体の既知の長さ,たとえば,窓の一辺を決めることにより,視点と建物の関係を決定し,作画するモデルの位置,大きさを計算する.そして,3次元モデルを出力した図に加えたものが図(b)である.

8.4 3次元モデルの利用

 CAD分野においては,3次元形状モデルを用い立体情報を構成している.このとき計算機内部に作られた形状モデルは,図によってその情報が人に伝えられる.このような場合,従来から提案されている物理計算による表現手法を用い,出力図を作る.本システムを用いれば,これらの出力結果に対して濃淡付けをしたり,濃淡修正を行うことができ,形状特徴の強調や省略が可能となる.また,形状モデルを表現した図と他のいろいろな図を組み合わせることにより,意図した図を作画することができる.このように,本システムは従来の表示技術を組み合わせて利用することも可能であり,より効果的な形状表現ができる.ここでは,パースエイド,ワイヤモデル,立体モデルを利用した例を示す.

8.4.1 パースエイドの利用

 パースエイドは,直方体の組み合わせによって表現したもので,透視変換によって得られるものである.ここでは,パースエイドをディスプレイ上に表示させて,そこに希望する立体を作画する方法を用いた.図8.19,図8.20にその例を示す.図(a)がエイドをもとに作画した下図で,図(b)が下図をもとに濃淡付けしたもの,(c)は完成図である.

8.4.2 ワイヤモデルの利用

 ワイヤフレームが透視図として,描かれていれば,それを利用して容易に濃淡表現できる.立体の細部まで透視図として表現されているので,図の検討も直感的に行うことができる.図8.21はワイヤフレームをもとに2種類の濃淡付けを行った例である.ワイヤフレームの各面ごとに作画データとして保存されるので,それを利用し濃淡付けを容易に行うことができる.

8.4.3 立体モデルの利用

 図8.22は光線追跡法によって作画した花瓶の図をもとに花と背景を合成したものである.図8.23は,光線追跡法によって作画した文字の例に,ハイライトと背景を加えたものである.  このように反射モデルでうまく表現しにくいところを,人がレンダリングシステムを用いて修正することで,2つの技術の特徴を生かし,より理解しやすい形状表現が可能となる.光線追跡法によって出力した図は,画像データとして保存し利用できるようにしたことにより,画像合成,濃淡修正が可能となった.

8.5 評価

 以上の作画実験により得られた結果をもとに3次元形状図とシステムの評価を行う.

(1)3次元形状図の評価

1)レンダリングルールに従った図は形状が理解しやすく,不自然さも少ない.
2)透視図の輪郭は作画法に従っているために正確である.
3)意図した図が従来の表現技術を利用した図や写真データをもとに作画できた.
4)なめらかな濃淡表現を利用したことにより,従来の計算手法のものと比べ,同程度か,それ以上の表現効果が得られた.

(2)システムの評価

1)作画面上での直接的な入力法により利用が容易になったことや,図の保存ができることから,いくつの図を比較することが可能となった.これによって,完成度の高い図が,短時間で作画できるようになった.この結果,作画の省力化や製作コストの節減が可能となる.
2)各種の濃淡付けを行うことが可能であり,これによって質の高い表現ができた.従来の手作業では高度な技術をもつ人だけがこのような図を作画することができた.本研究で提案した濃淡付け手法は,色と濃淡変化を指定するだけで描くことが可能なために,技術を修得する時間を短縮できる.

3)透視図を描く手法は人の操作が少なく,図を描く感覚と一致する入力法のため使い易いものである.図学的手法に精通していなくても正確な透視図が得られる.また,この技術によって,人手による作画に比べ,極めて短時間に透視図を描くことができるようになった.これは透視図を描くための一つの新しい有効な定規を与えたことになる.

4)3次元形状モデルの出力図や写真を画像データとして取り込み,修正を可能とした.また,形状モデルを表現するときに手描き透視図法の構図決定法や視点・光線の方向の推定法は,意図した結果を得るために有効な手法である.このように,計算手法とレンダリング手法の長所を有効に利用できる.

8.6 結言

 本章では6,7章で提案した手法を利用して作画した多くの例を示し,各手法の有効性を評価した.これらから次のことがわかった.

1)レンダリングルールが形状の特徴表現に有効であることを確かめた.
2)手描き透視図により,透視図の作画時間が大幅に短縮された.そして,人が意図した質の高い表現を容易に行うことができるようになった.
3)インタラクティブレンダリング手法は図形の修正・合成に役立つものであり,広く各分野で利用できるものである.
4)立体再構成の有効性を確認した.これを進めれば,立体入力法を一つとして,重要な手法となるであろう.