秩父のデザインリソースに関する研究

秩父デザインリソース研究会

1 はじめに

埼玉県西部に位置する秩父は、荒川の河岸段丘上に発達した自然豊かな町である。江戸時代は絹市が立ち、古くから秩父絹の集散地として知られている。最近は、繊維、織物を含め、セメント、製材などの工業も行われている。
秩父の山地は、埼玉、東京、山梨、長野、群馬は一都四県にまたがり、北奥千丈岳、金峰山、甲武信岳、雲取山などの標高2000m以上の山々が連なり、千曲川、笛吹川、荒川などの水源となっている。関東平野の中では、山間部であり、高度もあることで、平野部とは気象も違っている。平均で比較して、気温が3度低く、湿度が12%高くなっている 。雪が降り、朝晩の気温差もあることから、リゾート的なイメージにも受け取られている。都心からも割と近く、私鉄特急で2時間弱しかかからず、登山や自然観察、トレッキングや観光などに多くの人が、毎日のように訪れている。

大正から昭和にかけて、当時の中心産業として栄えた時代の名残をとどめる、繊維関連の技術指導を目的とした施設として、埼玉県繊維工業試験場秩父支場の建物がある。当時は、町一番の役場の建物より立派であったと言われている。絹織物、秩父銘仙として、一世を風靡した面影が忍ばれる建造物である。埼玉県の歴史的な建造物として、日本建築学会でも認められている。
秩父の織物が世に知られるようになったのは、鎌倉時代からである。源頼朝が平安朝以来の華美な服装を廃して、質実剛健の武士の気風を高揚するようになり、秩父絹が幕府や鎌倉武士の服装に採用されてからのことである。それ以前には、入間の山間部に、高麗人によって、機織りの技術が高められ普及されたと想像される。
この地方で作られる銘仙は、和服地の一つで、節糸で平織りにした織物である。解(ほぐし)模様と縞物がある。玉糸(二匹の蚕が共同で作った繭からとった太く節のある糸)や絹糸などを使った織物で、地質、染色共に丈夫であり、安価だったことから、女性の衣服地を中心に夜具地や座布団地として、広く使用された。
一般的に、銘仙の起源は、農家の婦女子が、農閑期を利用して、自製の玉糸で、白太織を織りだし、それを「藍」またはその他の「草根木皮」で染めて織無地や縞ものにして着ていた物 が、徐々に商品として売りだされたものといわれる。
銘仙は「目専」、「目千」、「銘撰」とも書き、織り目の堅牢を専一として、外観の美をてらわない実用向きの意味から出たとされている。明治以後になり、縞以外に、多様の絣(かすり)物や柄物が出て、面目を一新した時代もあった。しかし、戦後の服装の変化は、昭和30年を境として、若い世代の女性を洋装化させ、伝統的な和風の着物である銘仙は、その後激減していった。中高年向きの高級品や、丹前、夜具地、座布団地などへと変化していった。地場産地の繊維産業の勢力分布として、ファッション商品から、インテリア商品への変化だったと言える。

全国的に知られる秩父夜祭りは、毎年12月3日に行われる、秩父神社の例大祭である。当時の絹織物で繁栄した時代の、華やかさが今も残る、盛大なお祭りである。全てが、銘仙を中心として、物の見方や考え方などの、生活全体に影響を与えているのではないだろうか。秩父の風土性が、祭りの山車や、参加者の衣装などに現れていると考えられる。繊維を通じて、風土によって育まれた感性が、支配しているように思われる。夜祭り以外にも、この地方には、興味深い祭りが沢山あり、そのうえ有名な「札所めぐり」もある。現在も、そのために多くの観光客やハイカーが、関東周辺からやってきている。
秩父には、豊かな自然があり、見るべき神社仏閣や昔からの行事があり、伝統的な絹織物や繊維加工商品がある。酒作りに適した気候でもあり、おいしい蕎麦の産地でもある。他の地域と比較しても、かなり特筆すべき特徴が多くありそうである。しかし、それらをまとめて視覚的に、見られるようになった資料がないと思われる。単純な観光ガイドブック的な発想ではなく、比較文化論的な観点から、日常の生活視点で、感性的に風土を見直そうとした。
単なる建物や織物の保存研究にとどまらず、風土をデザイン的な観点から見直す。そのために、環境マーケティングの立場から、じっくり研究してみようと、自然発生的にスタートした産官学の共同研究である。

2 研究の目的

秩父の地域産業の活性化を図るため、共通する「コンセプト」に基づく物作りにより、従来の伝統的な技術、形態や素材からの開発ではなく、生活文化提案型企業への、脱皮をめざすものである。この研究では、秩父地域固有の土壌、樹木、草花の「自然的な要因」と、古くから使われている道具や建造物などの「人工的な要因」、それらをとりまく「気象条件」、「環境や気候の変化」などの要因を「イメージ」として捉える研究である。
「イメージ」を捉えるために現地におもむき、写真撮影を通して「ビジュアルデータ」を集めた。観測方法を「定点観測」と「移動観測」の二つに分けて行った。得られた具体的な「イメージ」を、色や柄、素材や形のデザイン要素でとらえ、それらを総合的な「リソース」として取り上げ、それぞれ関連させて、そのリソースから「デザインコンセプト」を確立するために研究を行った。最終的には、この「コンセプト」に基づき、CGによる製品開発シュミレーションや実際の銘仙に仕上げるなどを行い、今後の秩父の地域性豊かなオリジナル商品の開発を、実行する時の基本的な考えとするものである。

3 「秩父」の範囲について

研究対象としての「秩父」の範囲を設定するに当たっては、秩父市だけでなく秩父の文化圏として広域的にとらえることとした。基本的には秩父郡としたが、古くから比企郡と地理的、文化的に繋がりの深い東秩父村は本研究の範囲からは除外した。したがって、本研究における「秩父」とは秩父市、横瀬町、皆野町、長瀞町、吉田町、小鹿野町、両神村、大滝村及び荒川村の1市5町3村をその対象範囲とした。

4 秩父デザインリソース研究会

(1) 研究会の構成
研究会の特性や発足当初の経緯から考えて、下記のような3者(産官学)を集めて構成した。内容の具体的な検討を行うには、実務運営とマネージメント、膨大なデータ処理的な単純ワーキングの分担、全体の論理的な裏付けや学問的な背景のサポート、地元での身近な生活体験などをミックスさせて、各自が相互に話し合いをしながら進めている。
県 :埼玉県繊維工業試験場秩父支場
企業 :県内14社15名(次表)
指導、助言:札幌市立高等専門学校
助教授 宮内博実 氏

デザインリソース研究会参加者一覧
アイダス一級建築士事務所 斉藤 巌
石塚工房 石塚 賢一
(株)碓井捺染 碓井 正男
(株)亀沢屋 菊池 政文
久米一級建築士事務所 久米 修
(株)寺内織物 寺内 秀夫
橋塚建築研究室 橋塚 晃司
橋塚建築研究室 橋塚 千恵
華工房 木村 和恵
武甲酒造(株) 長谷川 浩一
(株)武蔵屋 関根 昭文
(株)矢尾本店 矢尾 武広
(有)ローラン 若林 隆士
(株)中農機商会 中 英二
順天堂事務所 佐々木 直幸

(2) 研究会の方法、期間
2年間(平成8年度から10年度の期間)にわたって、毎月1回の定例研究会を実施。基本的に全員の参加による、共同研究、共同作業形式とした。
(3) 研究会の参加条件
次にあげられた条件は、最初から設定されたものではなく、徐々に、研究を進めていくうちに明らかになってきた条件である。その土地を愛し、風土を考え、豊に生活をしたいと願って いる人であれば、だれでもいいともいえる。特別な能力を持っている事よりも、素直に感動して興味を持ち続ける気力が大切である。
・秩父地域に関して、どんな事にも興味のあること
・風土を考えて、具体的なデザインの活用を考えている
・写真取材が可能な日程を確保出きる
・感性的な能力アップを考えている
・商品開発や地域開発に関心がある

5 デザインリソースとは何か

「デザインリソース」とは、どのような物を示すのだろうか。本来は「モチーフ」や「アイデアソース」、「ヒント」や「きっかけ」なども同じような意味だと考えられる。元々リソースの意味を辞書で引いてみると 「Resource」;資源、財源、資力、手段、方法、機略と記されている。単なる「モチーフ」よりは、価値のありそうな物や効果的な意味が含まれているように受けとられる。
「デザインリソース」とは、「環境イメージ」を構成しているリソースの中から特にデザインへの変換が高そうな物をそう呼んでいる。ここでは具体的なコンセプトに、直結しそうなものを「デザインリソース」と設定している。
秩父に育まれた「リソース」を、銘仙の発展段階では、かなり有効に活用 されていたと予想される。この研究では、当時の人達が実際に「リソース」として考えていただろうと思われるデータを見つけだすことでもある。さらに現状の環境の中から、今に残る活用性の高そうな「リソース」を探り出すことを目指している。単に古くから続いている物がいいのではなく、古さの中に、今も通じる美的な概念が潜んでいると想定しながら進められた。集められた多くの「リソース」から、これからの商品化に役立ちそうな「コンセプト」につながる、「デザインリソース」の発見が最終目標と考えている。

6 デザインリソースの収集

初年度は、とりあえず各自が、気に入った場所の写真を撮ることからはじめた。出来上がった写真を見ると、かなりの撮影された状態のバラツキがあり、撮り方、内容、角度、数量などがまちまちになっていた。そこで、何を撮ればよいのか、どのような写真に仕上げればよいのか、機材の使用方法、季節変化の具体的な取り込み方などの条件を、検討して取り決めた。この時点では、あまり風土を意識せずに、身の回りにあるものを撮る程度とした。
全て写真は、35ミリリバーサルフィルムを使用した。後日、画像処理されることを考えて、整理された物から、随時スキャナーにかけて取り込んで、データベース化しておくためである。整理する都合上は、ネガからのプリントも必要であったが、画像としてデジタル処理されたもののプリントアウトを、そのまま代用させた。デジタル変換されているので当然画質が落ちることは、当初から予想されたが、全体のボリュームの把握のために、そのまま進めた。あくまでも、忠実な色再現だけを目的としていないためである。全体のイメージとして判る程度の画像として考えた。

最初に注文をお願いしたのは、各自が、「色彩的に美しい」と感じられる被写体を選択することした。後日撮られてた写真を、配色に置き換えて、奇麗なイメージに見えるような観点を心掛けてもらった。
取材やデータ収集などは、前述の3者をミックスした各グループごとのワークとして、随時天候をみながら実施することとした。定点観測、移動観測の両方にまたがって、それぞれのグループごとにデータ収集が実施された。この研究に合わせた特別な方法論として、教科書やマニュアルがないために、自分達で移動手段選択、花や木の芽の変化や祭事の開催など日程調整、カメラ機材の手配、場所や内容の記録、季節的な取材地点の条件変化などの検討事項を、進行させながら調整をはかった。

あらかじめここでは「風土」を、風と土の意味と簡単に捉えている。「風」は気象条件や季節変化と捉え、「土」はその土地、全体の地形や背景の山の形、川や風の流れ方、陽の当り方などを総称して捉えている。当然この風と土で作られた「風土」がもたらす影響が、そこに住む人々の生活環境造りに対して考えられる。その風土によって育まれた「気質」や「気風」が行事や伝統を作り、また長い期間にわたって同じように繰り返された結果、他の地域にはないその土地の背景や歴史となっていると考えられる。

参加者の2年にわたる地道な努力によって、約5000枚の素晴らしい写真が収集された。その写真を見るととても素人とは思えないような美しい作品の仕上がりであり、素直に一枚一枚を見るだけでも、そこから秩父の良さが十分に表現されていると感じられる。春の桜から新緑までの変化、秋の紅葉から雪が降るまで長期に渡って、つぶさに現地を歩いて集められた成果である。意味や内容をよく判っている地元の人以外には、あまり撮れそうもない貴重な資料(データベース)が、集められたと思われる。

ここではリソースを具体的に集めるために、「定点観測」と「移動観測」の二つの方法が取られている。その一つは「定点観測」であり、4地域20箇所における季節毎に大きく変化する部分と、ほとんど変化しない部分が写真を通じて、視覚的にとらえることを目的とした。その結果12か月にわたって、景観がどのように変化するのかを調べることで、この地域に於いて、何時の時期が美しいのか予想する事につながる結果となった。同じ様に見える木や花が、特にこの地域で何故美しく見えるのか、どのような条件が揃うと奇麗だと感じるのかが、定点における経過写真を見ながら、それぞれを比較検討を行った。同じような写真から微妙な変化を分析することによって、美しく感じる理由を見つける事を狙いとした。

全体の背景となる遠くの山々の印象の変化と、谷川を流れる水の色の移り変わりや、写しだされる景色や空の色の変化が織りなす自然の景観は、実に計算しにくい造形的な「リソース」(基調イメージ)となっている。昔から変わらずにそのままの自然の景観は、この地域全体の大きな面積を占めている基調イメージであると考え、それを大きく「リソース」として捉えている。風土の中で大きなイメージ的な部分を示している。言い替えるとこの基調イメージによって、全ての環境が形成されていると考えられる。この事はまだ仮説の段階であり、これからの研究で色々な角度から裏付けされていく必要がありそうである。

もう一つの方法は「移動観測」である。定点観測とは違い、目的や対象物を探して場所をその都度変えてデータを集めるために移動観測と名付けた。その結果得られた多くのめずらしい写真(リソース)を中心に仮のテーマに従って事前の整理を行った。ダブリや撮り忘れをチェックした後に、一つのテーマ9枚による写真構成にすることで、より伝わりやすい意味に印象性を強めている。一つ一つはばらばらに撮影されている写真が、集められて視覚的に編集することで、イメージが増幅されて、より一層見やすく、意味も解かりやすくなったと思われる。
この方法で作られた写真構成を「強調イメージ」として捉え、全体の中では小面積の部分と考えて「アクセント効果」をもたらしていると考られる。これに対して定点観測結果の「基調イメージ」を対比させている。この基調と強調がミックスされて、日々変化のある環境が構成されていると思われる。

風土や環境を全体の「イメージ」としてとらえるには、このような方法で「シーン」や「テーマ」ごとに構成された方が、印象として伝えやすくなる。しかも地域の特徴を瞬間だけで判断するの難しいと思われるが、このように構成することで、ある程度「環境イメージ」を見るのに時間をかけて理解したような感じを与えていると思われる。基本的に環境を捉えるには、微視的な観点と大局的な観点の両方が必要と考えられる。しかも、時系列的な変化、一日の中での時間の流れや、同じ季節の中での微妙な変化を捉える事が重要である。春の新芽の膨らみがほんのり色付く変化や、紅葉が葉のどの部分から始まるのだろうかなどと、自然に見つめることが大切である。

定点観測で得られたリソースを「基調イメージ」として大面積に変換して考えている。移動観察で得られた「強調イメージ」を小面積に置き換えて考え、この両方を縦横にミックスさせて自然に構成されたものが「環境イメージ」であると設定した。この「環境イメージ」が、さまざまな「風土」を育み、さらに文化や気質の成立に関わっていると考えられる。言い換えると風土の中から具体的な「アイデア」や「モチーフ」を見つけだす時に、すでにそこの「環境イメージ」が、あらかじめ刷り込まれていると思われる。その「環境イメージ」に暮らす人達の「感性」が自然に作られて、さらにそのイメージそのものが、普段使われる道具や商品のデザインや発想力の、造形的な「リソース」となっていると考えられる。

これからの多品種少量生産やオリジナリティのある商品開発を進める上で、地域差をテーマとして具体的な商品化に結び付けるには、どうしても「地域イメージ」や「風土の特色」を明確にしておく必要がある。ここでとりあげる「デザインリソース」の考え方は、その意味でかなり今後役立つものと思われる。
特に地域イメージを、とりあえず全体的な「環境イメージ」に置き換えて捉えている。環境イメージを「デザインリソース」として認知するか、認知しないのかは、見る側の感性のデリケートさや「環境マーケティング」の必要性にたいする意識レベルの問題と思われる。

7 デザインリソースの分類

次にあげるデザインリソースの分類は、あらかじめ決めていたものではなく、集められたデータを見ては、全体を網羅しているか、それぞれが確認をしながら、徐々にこのような形で決まってきた。あくまでも、「秩父」に限定した研究であり、業際、学際的な内容にまたがるために、広く、浅くを目標とした。
それぞれの、項目を学問的に掘り下げるには、それだけで、何年もかかってしまうおそれがある。ここでは、秩父全体の「イメージ」を形づくることだけを、基本的な狙いとしている。

<A 自然的要素>
● ベースカラー ・自然全体、景観、山並、山、森林、木立、川、 河、岩、空、雲の変化など遠景

・木、植物、花、石、砂、土、水などの中景

● アクセントカラー ・花、木の実、果物、野菜などの近景

・動物、昆虫、魚、家畜などの移動する物

<B 人工的な要素>
● ベースカラー ・構造物、橋、道路、畑、建築物、住宅、神社、 寺、公共物などの立体物

● アクセントカラー ・祭、行事、催事、イベント

・道具、看板、機械、材料、素材、生活日用品、
車両、サイン
・食品、食材、料理、酒、飲み物、お菓子、特産

8 定点観測

秩父全体を、それぞれの地形や行政分割などの条件を考慮して4つの地域に分割を行った。事前のプレリサーチの結果を踏まえ、写真撮影されたポイントの確認を行って、詳細に地域区分の検討を行った。いくつかのサンプルから、主に自然風土の「定点観測」が行いやすいように地域を中心に分割し、担当を決めて、それぞれに配置した。
具体的な条件として、「遠景」、「中景」、「近景」が同時に見える地点とする。季節や気候条件で変化しない部分を、必ず取り込むこと。目印や角度、アングル、画角などのポイントが、変化せずに取りやすい地点とする。人工的な構造物が大きく入らないことなどを考えた。とりあえず、細かく条件を決めていても、必ず条件を満たすようなデータにならないことが考えられた。そこで、現場に出かけて、できるだけ条件に添ったポイントの発見から始めた。
数か月のプレリサーチを実施した結果から、再度検討を加えて、最終的な観測場所の決定を行った。当初は、「定点観測」で、何が結果として得られるのかを、無理をして設定せずに、とりあえず撮影者が美しいと感じる地点の観察から始めた。
その結果として、12か月を実施した写真を見ると、当初予想した以上に、風土の特徴を細かく分析できることが判った。季節によって、植物や雲の形の変化は勿論、山並の彫りの深さ、木々の印影、水の反射、太陽光線の当り方などのデリケートな変化が見られた。これらの変化条件と、常に変わらない人工的な構造物との対比が、その風土を構成していることが、ビジュアルに理解できた。

第Tグループ 長瀞町、皆野町(秩父市の北側に位置して、荒川の下流)

テーマイメージ「清流と岩の里」
水の色、水量や流れの季節変化、長瀞岩畳の水辺の植物、昆虫、魚、鳥、長瀞の天然氷

第Uグループ 小鹿野町、吉田町、両神村(秩父市の西側地区、山あいの過疎地)

テーマイメージ「日だまりの西谷津」
谷間の斜面にある畑、植物、果物、縁側文化(十五夜、キノコ、つるし柿、養蚕)、龍勢

第Vグループ 荒川村、大滝村(秩父市の西南地区、山間部であり荒川の源流)

テーマイメージ「山深き、どんつき」
野草、木の地肌、老人や子供

第Wグループ 秩父市、横瀬町(秩父の中心部、河が合流、山側から道路も集まる、住宅地域)

テーマイメージ「嶺かすむ祭りの里」
祭りの準備段階、庭造り、札所

それぞれ地区ごとに5箇所ずつ定点を決めて、合計20箇所の12か月の写真撮影した結果をもとに、それらの時系列変化の様子を比較分析した。視覚的に判断可能な変化を言語に置き換えている。全体の流れとして、それぞれ12枚の写真から、イメージで何となく漠然とした感じで判断されると考えられた。

具体的な写真からの分析手法は、「データベースイメージリサーチ手法」を使っている。これは、(株)日本カラーデザイン研究所によって開発された手法であり、パソコンソフト(商品名イメージアナリスト)として市販されているものである。心理学的な色彩分析からあみだされた「カラーイメージスケール」を使って、具体的な事象や嗜好、物や素材などの印象をイメージ言語で測定するソフトである。これを使用することでかなりスピーディにイメージを測定することが出きる。従来の手法であるSD法や因子分析などを使うこととほぼ同じ結果が、この手法を採用することで簡単に得られるのが特徴である。

定点での12か月にわたる観測写真を見ながら、研究会参加者(15名)が180言語のアンケート用紙を使い、それぞれの地域に相応しいイメージとして、20言語を選択して記入する方法を取った。記入されたデータをそのままインプットして集計分析した結果は次のようにまとめられた。

<全体の分析結果>

秩父全体の集計結果は、下のようなイメージに受け取られていることが判った。言語から見ると、「自然な」「素朴な」「静かな」「閑静な」「飾り気のない」「のどかな」「田園的な」が50%を越えるイメージである。「ナ チュラル」であり「シック」な感じに受け取られていることが判った。結果から見ると、ここ秩父地域の特徴は、自然が豊かでのんびりとした田舎の典型的なイメージだと思われる。

<各地区別分析結果>
<第T地区>
地域: 長瀞町、皆野町(秩父市の北側に位置して、荒川の下流)
テーマイメージ: 「清流と岩の里」
特徴: 水の色、水量や流れの季節変化、長瀞岩畳の水辺の植物、昆虫、鳥、長瀞の天然氷

<定点観測地点データ>
1 大銀杏と美の山(皆野町国神)

全体のパノラマで拡がり山の稜線のやさしさ、上空の雲の変化とのコントラ ストが特徴、雄大な山裾に拡がる民家の点在したイメージがらしさを表現して いる。景色全体に落ち着いた印象である。

2 野上下郷(長瀞町岩田)

遠くの山から、自然に蛇行して荒川が流れている。下流目指して徐々に拡が り平になっていく景色、川の水の量の変化が河原の見え方に影響を与えて、周 りの樹木の変化にも対応している。秩父鉄道や国道140号が走っている。

3 美の山からの眺め (皆野町美の山)

地域全体をとらえている。山があり川があり、住宅や町が続いている。遠く の山はかすんで、雲の流れに風の動きを感じる穏やかなイメージである。

4 長生館 (長瀞町長瀞)

秩父の中で最も変化に富んだ景色を作りだす地点である。とても奇麗な水が 流れる川が特徴であり、岩や石の珍しさ、水面に反射した空の青さが印象的で ある。時間によって影のために暗くなり陰影がつきコントラストが出ている。

5 長瀞 (長瀞町長瀞)

思ったよりも季節毎の変化が少ないのが判った。まわりの木々がそれほど写り込んでいない と思われる。

この地区のイメージは、「親しみやすい」「情緒的」「すっきりした」「さわやか」が特徴と出ている。他の地域に比べて、解放感があり拡がりを感じさせている。川が流れることが叙情性を多少与えることにつながっている。
<第U地区>
地域: 小鹿野町、吉田町、両神村(秩父市の西側地区、山あいの過疎地)
テーマイメージ: 「陽だまりの西谷津」
特徴: 谷間の斜面にある畑、植物、果物、縁側文化(十五夜、キノコ、つるし柿、養蚕)、龍勢

<定点観測地点データ>

6 白砂公園(吉田町久長)
典型的な山が見える田園的な風景である。武甲山、三峰山、天目山などの 嶺が連なっている。それほど季節的な変化は見られない。

7 石間(吉田町石間戸)
かなりの切りたった斜面に木がしげり、遠くの山から川が流れだしている。 自然あふれる景観であり季節によって大きく変わっている。遠くのやまの見 え方が冬ははっきりと、夏は盛り上がって見える。谷合に点在する民家が特 徴である。
8 黒海土(両神村黒海土)
イネと桑の木が同時に見られる。この地方の代表的な自然な風景である。 そらの色や雲の変化が季節をさらに強調している。

9 伊豆沢(小鹿野町伊豆沢)
山の斜面に建てられた民家が、周りの植物や木々の変化で出てきたり、隠 れたりしている。実にまとまりのあるイメージである。

10 小森(両神村小森)

写真から日当たりの良さが判る景観であり、太陽光の角度が季節によって変化するのが 現れている。

この地区のイメージは、「開放的」「ゆたか」「おとなしい」結果であり、日当たりのよさそうななだらかな斜面の交差が、ゆったりと構成されたイメージである。
<第V地区>
地域: 荒川村、大滝村(秩父市の西南地区、山間部であり荒川の源流)
テーマイメージ: 「山深き、どんつき」
特徴: 野草、木の地肌、老人や子供

<定点観測地点データ>
11 栃本集落(大滝村栃本)

山々に囲まれた傾斜地に民家が点在する風景であり、秩父を代表している と思われる。折り重なった山の、緑がどんどん色濃くなって季節が変わって いく。樹木や花の種類の多さも見られる。

12 麻生加番所前(大滝村麻生)

必ず遠景の山の線が重なっている。低い所から高いやまの上にかけて木の 種類が違うために、深みが感じられる。

13 秩父湖(大滝村上中尾)

山深きがそのまま表現されている。森の緑が湖面に写されて神秘的な風景 である。

14 日野春蕎麦畑(荒川村日野)

狭い平らな土地に蕎麦を作っている光景が、素朴で寂しさを表現している。

15 白久平和橋(荒川村白久)

秋から冬にかけての山の色の変化と、木の色の変化のコンビネーションが 特徴である。

この地区のイメージは、「力強い」「慎ましい」「やすらか」であり、秩父全体のイメージにかなり似た形である。穏やかな自然に囲まれて遠くの山が見える感じが上手く言語に現れている。
<第W地区>
地域: 秩父市、横瀬町(秩父の中心部、河が合流、山側から道路も集まる、住宅地域)
テーマイメージ: 「嶺かすむ祭りの里」
特徴: 祭りの準備段階、庭造り、札所

<定点観測地点データ>
16 美の山より(秩父市黒谷)

秩父盆地のシンボルとしての武甲山を望む雄大な景観である。季節ごとに 山の起伏が変化している。2月から4月にかけての気温が低い時期の、はっ きりとしたイメージが印象的である。
17 秩父ミューズパークより(秩父市寺尾)
遠くの山に対して、すぐ近くの木々の変化のコントラストが特徴であり、 自然に絵画的な構成を形づくっている。

18 岩井堂(秩父市上影森)

木に囲まれた神社仏閣も、定点として良く見られるポイントである。遠景の山のライン と垂直に伸びた木とのコンビネーションが、昔のイメージをそのままにしているのかもし れない。
19 羊山公園より(秩父市熊木町)
現状の秩父であり、大きな都市として形成されている。ほとんど地域的な 特徴は見当たらないが、一番大きな部分であり、定点として外せないポイン トである。

20 芦ヶ久保(横瀬町芦ヶ久保)

左右の山の傾斜が重なって、中央部分の細い道路や民家が作られている。 季節が変わると全体に変わっている。空だけが変化せずに、上から下から植 物の緑が変わっている。これが秩父だと思われる代表的な景観の一つである。

地区イメージは、「ひかえめ」「男っぽい」「安らかな」「伝統的」などが特徴として取りだされている。秩父を代表する地域イメージであり、他の地域の自然が多いイメージとは違っていて、多少都会的な部分も読み取られる。
<まとめ>

全部で20箇所の定点観測の結果をまとめると、実に豊かな自然的な要素が多い地域であることが、写真やイメージ分析の両方から再認識できた。中でも全体にどの地点でも必ず登場するのが、山々に囲まれている傾斜地の風景である。当然、遠景は必ず山の全景か稜線部分が入り、さらに奥にはいると、山々が折り重なって見える。それぞれの山の裾野に点在する民家が傾斜地にはり付いてみえる。両側の山から傾斜した土地が、つくりだすイメージが「らしさ」を作っていると思われる。
僅かな平野部から山の上までが、いつでも身近な所から実際の植生の違いがすぐに見られるのも特徴である。木の種類が多い事や、かなり微妙に変わる紅葉などに加えて、そこに生えている花や植物などの葉の茂り方に地域の特色が出ている。
周りに樹木が多い事は、単純に材料として考えるならばその木を切って、建材として加工するか、炭にするぐらいがすぐに思いつく。地場だけで消費出来ないような物は、当然作られて運び出されなくては価値がなく、そのためのいくつかの流通手段や運搬方法が、昔から考えられている。道路や川の利用も、経済的な観点からそれぞれの時代の中で、ベストな方法が取られてきたと思われる。

この地域の立地条件は、昔はかなり厳しく、どこへ行くにもどんな方法を使ってもかなりの時間がかかっていたと思われる。交通機関の発達でかなり便利になったといっても、首都圏とは言いにくい距離である。このでは商品開発のコンセプトとして、「運びやすく」、しかも「小さく」て「軽く」、「高価」でありながら次から次へと「変化」していくものが、環境や風土を考えると基本的な条件であった推測される。しかしこの条件は、何もこの地域に限られた条件ではないと考えられる。大きな消費地から程々の距離が離れた、山間部で稲作が難しそうな地域は同じ様な条件かと思われる。

狭い土地の畑の周りに桑を植えて、絹糸に紡いで布に加工するには最適だったとも言える。他の同じような状況の産地では陶磁器を焼いたり、竹や蔓などを使い細工を行うことが産業として考えられている。(新潟、石川、福井、鳥取、島根、佐賀、長崎、などに類例がある)
繊維製品を開発するときに、織りにしても染めにしても、ここには自然の中に多くのモチーフが存在している。周りの環境が季節毎に色が変わり、冬には気温が下がり雪が積もることもある。自然の豊かさに加えて気候の変化があり、生活上の緊張感があるせいかと思われる。環境の豊さが伝統的な産業を育んでいる状況は、京都や金沢などとも共通した条件だと考えられる。

現在のような便利で情報化された状況でなかった時代には、そこに暮らす人達が、毎日見ている周辺の物から「ヒント」や「アイデア」を見つけて、具体的な商品にしていたと思われる。苦労して作った一つが上手く「ヒット」すると、次から次へ開発が要求されてくる。特に成功した次の企画を考えるときに、前回と同じかそれ以上の「センス」が求められたと予想される。消費地に近い産地では、出きるだけ早く、似たような物を作りだす「コンセプト」が、この辺から出てきたのではないかと推測される。

地元で自分達が必要な程度の生産規模では、それほど量を考えることはなかったはずである。小規模でほそぼそと生産しているだけでは、大商圏としての関東(江戸=東京)に対しての供給が間に合わずに、どうしても一時期に数多く生産する必要があり、注文をとりまとめてくれる問屋や商社的な役割が必要だったと思われる。かれらが、時代や流行にそこそこ合わせて、素材の調達から生産量や在庫の調整、さらに技術開発を指導する産地の特徴は、この立地条件や自然環境から出てきていると考えられる。

同じような物だけを作り続けていない理由は何か。極く平凡な自然環境の中で、のんびりと平和に暮らしているだけでは、すまない「心理的なアクセント」が必要であったのかと予想される。毎日の生活に対して外界からの刺激として何か「インパクト」を与える必要があった思われる。そこで出てくるのが派手な祭りであり花火が考えられ、行事やイベントをアクセント(強調)として捉えてバランスをとっていたのではないだろうか。

定点観測結果から「デザインリソース」として出てくるものは、田舎的なイメージで落ち着いた、のんびりとしたイメージがほとんどと考えられる。(イメージ調査の結果参照)これは、最近出来たモダン部分や、どこにでもありそうな人工的な部分を避けて取材したせいかと推測される。出きるだけ特徴をはっきり捉えるために、あえてこれらの20地点を選択した事から起因していると考えられる。

以前から「風土と嗜好色の関連についての研究」(1996年札幌高等専門学校 紀要 第5号)を分析した結果から一つの大胆な仮説が作られている。それは、自然環境が豊な地域に暮らす人の嗜好は、かなり「モダン」「カジュアル」「スポーティ」イメージの嗜好傾向であり、人工的に作られた躍動感あふれる都会的なイメージに惹かれるようである。反対に、かなり人工的な都市空間で毎日を生活する人は、豊かなそのままの自然に憧れ、「田舎的な」「ロマンチック」、「ナチュラル」で「クラシック」なイメージに引きつけられるようである。
結果を見るかぎり、お互いに自分達の環境を「嗜好」と「風土」の二つの要素で補完しあって、全体を一つのまとまりとして、バランスを保っていると思われる。イメージスケールで考えると、嗜好が外側に拡がっていると、風土は中央にかたまる様な傾向が見られる。逆に風土が外側だと、嗜好は中央にかたまるようである。どちらにも説得出来そうなイメージが、優雅さであり「エレガント」や「シック」イメージである。但し都会の人が考える「エレガント」と、田舎暮らしの人が考える「エレガント」には、大きな違いがあると考えられる。優雅さや上品さをどのように感じるのか、そこが感性の問題であるが、生まれ育った環境や風土イメージが、結果を左右していると思われる。

地形から見ても、秩父は行き止まりの場所である。山越で西には進めず、ともかく何かを作って、東に向かって出ていかなくてはならなかった。そのために重くてかさばって、持ち運びが難しい物は敬遠されてきたと考えられる。
単純に秩父の自然をみて、ゆったりと田舎イメージでのんびりした感じで、素朴で素直に作るのではなく、かなり都会のモダンさにひかれたと予想される。ところが、誰かがつぎつぎにその「モダン」さを見つけだし、取り込むうちに上手く商品化が出来ていたと考えられる。そのうちに時代が大きく変化して、都会のモダンイメージが変わってしまうとついていけなくなった思われる。それまでに市場の動向や商品情報を自分で集めていればそれ程問題はなく変革できていたように思われる。便利に問屋や商社に情報収集をまかせっきりにする傾向が、マイナスに作用したのではと推測される。
このことも、秩父の立地条件や環境風土からの影響があると考えられる。風土から発想される「コンセプト」の現れの一つととらえられる。

9 移動観測

次に書き出したリストは移動観測によって、集められた写真をデータとして整理したものである。研究担当者が実際の現地に赴き写真撮影されたものの中から厳選されたデータである。特に風景や山などは定点観測と分けきれない要素もあるが、厳密に分けずにそのままイメージとして捉えて、一緒にして進められた。集まったデータをみると、まだまだ取材不足の部分や、時期や気象条件があわずに撮られていないものもかなりありそうである。しかし、出来上がりを見てもきりがなく、やればやるほど増えていくようなきがするが、このことも風土の豊かさ特徴を示していると思われる。

<デザインリソースのリスト>
・ 構造物(洋館、民家、農家、町屋、酒屋、商店、病院、市役所、神社、寺、美術館など)

・ ディテール(庇、屋根、塀、「丸太間抜き大和塀」、垣根、庭、石垣、玄関、縁側、軒下、階段、土間、納屋など)

・ 素材(石、土、岩、砂、樹木の幹、岩壁、藁、草、鉄、アルミなど)

・ 都市景観(橋、道路、陸橋、鉄道、駅、バスターミナル、公園、公共施設など)

・ 自然景観(木、林、森、草原、田畑、花、葉、山、峰、川、滝、池、木の実、椎茸、雲、空、夕焼け、朝焼け、 霧、雪、霜、風、小動物、昆虫、魚貝など)気象、植生などの条件を含める。

・ 人工物(食品、野菜、果物、料理、調味料、香辛料、豆類、こんにゃく、胡麻、お菓子、蕎麦、酒、織物、繊維加工商品、木製食器、「すかり」などの袋物、民具、歳事道具、祭具、看板など)

移動観測データの編集整理の方法は、最初から決められたものではなく、途中の段階から、集められた写真を見て、一つ一つに対して色に変換して、「アソート」(色揃え)された状態でイメージを確認した。リソースとして撮影された内容や撮影範囲が不明解なものは、簡単に除いていった。イメージが判りにくい写真は、そのまま素直に色になりにくい傾向を上手く利用して選定していった。
さらに写真の仕上がり状態だけでなく、その場の臨場感が出るように心掛けてイメージを強調させて色だしを行った。正確に置き換えるには、かなりの事前の感性的なトレーニングの必要があった。時間的な都合もありエキスパートによるチェック(専門的な手直し)が随時行われた。写真のイメージを忠実に再現しながら、アソートされた色の一つ一つが配色されても奇麗に見えるような工夫が施されている。

結果的には、データが集まるに連れて途中でチェックされて、次第に参加者の取材能力が高まり、イメージで物を見る感性的な観点が身についてきたようである。このことは、色の奇麗さ通じて自然にいいものを見つけだし、上手く写真に撮ろうとするだけで正確になったのだと考えられる。
デザインリソースとは、何なのか、どうすれば見つかるのかなどと、最初から頭で考えるような指示でなかったことが、よい結果につながったと考えられる。「色」から入るデザインリソースの発見方法は、地域の多くの人に参加をしてもらうには、効果的な手法である。

構成の仕方は、実に簡単である。並んだ状態できれい奇麗に見えればいいのである。9枚の写真をみて、縦横、斜めで、ストーリィや意味が伝わるようにしている。さらに全体のイメージが、色や形などの要素別に揃って見える事も大切な条件としている。構成された感じが良ければいいだけではなく、季節、時間、場所、目的、用途、形、素材などが、見てすぐ判るように揃えることを心がけた。その出来映えの善し悪しが後からの意味づけやコピーの難易度に影響を与えている。
簡単に言ってしまえば、かなり感性的な要素がほとんどである。ひとり一人の経験や見識、洞察力などが必要とされた重要な部分である。そうは言っても、一長一短の出来映えがあり、やはりトレーニングされた専門的な観点からの修整や手直しが必要とされた。しかし、自分達で撮って来たデータのためか、ある程度進むと、それほど大幅な変更は必要がなくなった。このプロセスも、地域参加型での研究では大切な要素と思われる。
移動観測の結果を構成した「リソース」を、最終的な121枚のファイルとして作成している。括弧の中の言葉は、データースリサーチの結果から、上位の言語を写真に合わせて抽出したものである。

<1から121までのタイトルとイメージの一覧>
001春ー01 早春の彩り(イメージ)<のどかな、やさしい、静かな、生き生きした、自然な>
002春ー02 四季の花々ー百彩の顔たち<上品な、可愛い、優美な、やさしい、自然な>
003春ー03 四季の花々ー庭先にひろう<可愛い、清楚な、女性的、慎ましい、やさしい>
004春ー04 芽吹く頃<みずみずしい、すがすがしい、エネルギッシュ、きめ細かい、静かな>
005春ー05 花もて迎えよ。来る春を。<はなやかな、あざやかな、生き生きした>
006春ー06 秩父エレガンスは野辺に、山中に。<可愛い、可憐な、繊細な、フェミニンな、>
007春ー07 春を告げる花たち<みずみずしい、のどかな、自然な>
008春ー08 脇の花、地味を語って誇りあり。<可愛い、控えめな、清潔な、やさしい、自然な>
009春ー09 花冷えの頃<可愛い、のどかな、温和な、清らか、やさしい>
010春ー10 野辺の色、移ろいの美<女性的な、自然な>
011春ー11 花景色、遠きに。近きに。<可憐な、素朴な、のどかな、やさしい、田園的な>
012春ー12 野外ステージの花型役者達。<可愛い、はなやかな、あざやかな、エレガントな>
013春ー11 石造りのオブジェたち。<閑静な、簡素な、控えめな、ひなびた>
014春ー14 神よろこび<エネルギッシュな、伝統的な>
015春ー15 白久串人形<伝統的な、文化的な、本格的な、風流な>
016春ー16 人花一体の春まつり<可愛い、装飾的な、なつかしい>
017夏ー01 もの静かな井戸端の花に<すがすがしい、素朴な、閑静な、質素な、ひなびた>
018夏ー02 峠の頂で<開放的な、のどかな>
019夏ー03 水辺の夏<素朴な、厳粛な、伝統的な、文化的な>
020夏ー04 流れ<簡素な、開放的な、質素な、ひなびた、のどかな、のんびりした>
021夏ー05 とぶ。おどる。さがる。色、命。<素朴な、可愛い、やさしい、生き生きした>
022夏ー06 田園に薫風そよぐ頃<のどかな、素朴な、田園的な、生き生きした、自然な>
023夏ー07 体温のある自然<みずみずしい、閑静な、静かな>
024夏ー08 上から下へ、川のほとりにそって<簡素な、素朴な、のどかな、新鮮な>
025夏ー09 自然の地肌の中で。<簡素な、飾り気のない、淡泊な、叙情的な、素朴な>
026夏ー10 山里のもてなし<質素な、うれしい、なつかしい、家庭的な、味わい深い>
027夏ー11 流域のナチュラルカラー<みずみずしい、清らかな、自然な>
028夏ー12 けがればらいの青と白。<神聖な、伝統的な、文化的な>
029夏ー13 石仏の微笑。<素朴な、質素な、ひなびた、地味な、伝統的な>
030夏ー14 ひっそりと地の神、山の神。<伝統的な、簡素な、素朴な、質素な、ひなびた>
031夏ー15 三峰ー奥の院への路−<風格のある、格調がある、荘厳な、>
032夏ー16 音頭仕立ての夏浴衣<はなやかな、伝統的な、情緒的な、活気のある>
033夏ー17 祭りと人間模様<アクティブな、賑やかな、力強い、活気のある>
034夏ー18 太公望の休日<開放的な、親しみやすい、みずみずしい、素朴な、力強い>
035夏ー19 春の流れ<すがすがしい、静かな、すっきりした、清楚な、自然な>
036夏ー20 すくすくと夏、成果の予感。<田園的な、自然な、たくましい、生き生きした>
037夏ー21 里景色の脇役たち。<アクティブな、繊細な、田園的>
038夏ー22 淡彩の花に。<かわいい、馴染みやすい、上品な、素朴な、淡い>
039夏ー23 赤、祭の活力を語る色<クラシックな、神聖な、伝統的な、文化的な>
040夏ー24 夏空に、慈雨を祈る。<素朴な、地味な、神聖な>
041夏ー25 山沿いの彩。点々と<なじみやすい、質素な、のどかな、やさしい、自然な>
042秋ー01 絵巻物としての札所巡り<素朴な、風格のある、伝統的な>
043秋ー02 過ぎ去りし日々、しのびよる秋色。<簡素な、洗練された、素朴な、古風な、肌触りのよい>
044秋ー03 神域を粧う色たち<神聖な、伝統的な、古風な、厳粛な、文化的な>
045秋ー04 生きて神、死して仏の里<風格のある、閑静な、荘厳な、神聖な>
046秋ー05 里の秋は実のりの秋<親しみやすい、簡素な>
047秋ー06 野分け仕立ての彩<ひなびた、地味な、伝統的な>
048秋ー07 巡礼路の秋<伝統的な、情緒的な、閑静な、枯れた>
049秋ー08 神の教えか稲の業い<田園的な、自然な、伝統的な>
050秋ー09 素朴な味は里のほこり<なつかしい、ひなびた、親しみやすい、豊か、自然な>
051秋ー10 母の居る時間、彩。<素朴な、ひなびた>
052秋ー11 そばの里、素朴な食材<素朴な、質素な、なつかしい、伝統的な>
053秋ー12 寒風のいろ<素朴な、おおらかな、のんびりした、自然な>
054秋ー13 山里想う路<素朴な、閑静な、ひなびた、のどかな、自然な>
055秋ー14 豊作、縁起の色<あざやかな、エネルギッシュな、充実した>
056秋ー15 だいだいの秋<装飾的な、あざやかな>
057秋ー16 歩く視線<ひなびた、のんびりした>
058秋ー17 寒到来をひかえて<質素な、飾り気のない、簡素な、なつかしい、のどかな>
059秋ー18 すごろくの風景<素朴な、自然な>
060秋ー19 ナチュラルカラーの秋<簡素な、叙情的な、田園的な、静かな>
061秋ー20 神の恵み(食べられるもの、食べられぬもの)<自然な、うれしい、豊かな、味わい深い>
062秋ー21 どこから来たのか、この味この形<あざやかな、エネルギッシュな、素朴な>
063秋ー22 路傍の神々<厳粛な、伝統的な、風格のある>
064秋ー23 分かち合うカタチと彩。<簡素な、素朴な、質素な、ひなびた>
065秋ー24 庭先にて、収穫楽し。<親しみやすい、素朴な、質素な、自然な>
066秋ー25 静寂の秋野<簡素な、叙情的な、古風な>
067秋ー26 紅葉<味わい深い、自然な、あでやかな、閑静な>
068秋ー27 養色の知恵<親しみやすい、馴染みやすい、質素な、のどかな、静かな>
069秋ー28 札所一番四萬部の秋<あざやかな、あでやかな>
070秋ー29 何気ない視線、何気ない美。<かわいい、なつかしい、のどかな、自然な>
071秋ー30 粒よりの美実る。<自然な、円熟した、素朴な、味わい深い>
072秋ー31 原風景への旅<情緒的な、素朴な、閑静な、なつかしい、ひなびた、地味な>
073秋ー32 みのりの彩<のどかな、新鮮な、生き生きした、自然な>
074秋ー33 山輝く、秋黄期。<静かな、自然な>
075秋ー34 最終の萌え、晴天なり<あざやかな、生き生きした、スカットした>
076秋ー35 秋へ<なじみやすい、開放的な、素直な、なつかしい>
077秋ー36 田舎歌舞伎の晴れ舞台<伝統的な、なつかしい、ひなびた、古風な、文化的な>
078冬ー01 諏訪渡り 12月2日<伝統的な、格調のある、厳粛な、神聖な、文化的な>
079冬ー02 祭の朝ー神馬奉納ー<伝統的な、クラシックな、厳粛な、神聖な>
080冬ー03 おたびの原動力<力強い、たくましい、伝統的な>
081冬ー04 豪華さのディテール<伝統的な、高尚な、丹念な、装飾的な、荘厳な>
082冬ー05 神を迎える時は整い<荘厳な、神聖な>
083冬ー06 神住む里の産物を<素朴な、味わい深い、なつかしい、ひなびた、のどかな>
084冬ー07 神、集う、遊ぶ<荘厳な、伝統的な、神聖な>
085冬ー08 祭の序章<風格のある、格調のある、古風な、神聖な>
086冬ー09 ホーリャイの掛け声の合い間に<伝統的な、格調のある、はなやかな、たくましい>
087冬ー10 祭の準備<装飾的な、エネルギッシュな、荘厳な>
088冬ー11 秩父夜祭 秩父神社例大祭<神聖な、風格のある、荘厳な、堅実な、伝統的な>
089冬ー12 お旅の途中にて。<格調のある、ぜいたくな、伝統的な>
090冬ー13 熱狂と厳寒の夜祭<荘厳な、伝統的な>
091冬ー14 祭を彩るスペクトルの演出<にぎやかな、エネルギッシュな、魅惑的な>
092冬ー15 夜に映える祭りの光<伝統的な、はなやかな、にぎやかな、格調のある>
093冬ー16 毎日が祭り日和<素朴な、厳粛な、神聖な、伝統的な>
094冬ー17 冬樹<素朴な、閑静な、静かな>
095冬ー18 白景色<閑静な、さらりとした、すっきりした>
096冬ー19 雑木林の糧<枯れた、簡素な、地味な、静かな>
097無ー01 色がある。柄がある。いつも風景の中に。<なじみやすい、質素な、なつかしい>
098無ー02 祈りの意匠巡り歩る記。<厳粛な、静かな、高尚な、渋い>
099無ー03 生活は神を楽しむ<味わい深い、伝統的な、文化的な>
100無ー04 獅子が舞い、神が踊る<きりりとした、ユーモラスな、はなやかな>
101無ー05 材は自然の物<簡素な、素朴な、質素な、地味な>
102無ー06 今昔同居の里景色。<シックな、風格のある、閑静な、古風な、渋い、アンティークな>
103無ー07 目の高さに漂う色とカタチ。<素朴な、なつかしい、ひなびた>
104無ー08 雨をよけ、魔よけ、時の重さ<洗練された、素朴な、ひなびた、のどかな>
105無ー09 開けて見れば、時は戻る。<重厚な、情緒的な、丈夫な、がっしりした>
106無ー10 はかりの重さをしのぶ時<どっしりした、力強い、がっしりした、重厚な>
107無ー11 重きたたずまいをしのぶ<飾り気のない、風格のある、質素な、堅実な>
108無ー12 里神楽<神聖な、円熟した、素朴な、荘厳な、古風な>
109無ー13 仮面の宴<格調のある、伝統的な、洗練された>
110無ー14 あかみちの昼下がり<質素な、なつかしい、ひなびた、地味な>
111無ー15 にぎわいよりなじみを喜ぶ。秩父流のしつらえ。<親しみやすい、なじみやすい>
112無ー16 豊かさの名残り点々と。(皆野町里景色Part2)<簡素な、静かな>
113無ー17 木に宿す。宮細工に神の技。<風格のある、神聖な、伝統的な、文化的な>
114無ー18 いつもの中にある意匠。<質素な、簡素な、さりげない>
115無ー19 のれん、あじわいともに、自然と質素が基本<簡素な、素朴な、ひなびた>
116無ー20 ハイカラ秩父、part1。おらがアールヌーボー。<クラシックな、丹念な>
117無ー21 マスより板が効く。秩父メディア <繊細な、簡素な、閑静な、渋い、神聖な>
118無ー22 秩父ハイカラ好み。洋館横町。<モダンな、文化的な、丹念な、人工的な>
119無ー23 飾りは自然にあり。杣人たちの、用の美。<素朴な、地味な、渋い>
120無ー24 自然を積む。時を重ねる。<飾り気のない、素朴な、質素な、重厚な>
121無ー25 歳月が作る形<素朴な、なつかしい、ひなびた、田園的な、自然な>

以上121枚(シーン)1041点の写真による移動観測の結果をまとめたものである。これは同時に、探していた「121」の大切なデザインリソースの原材料が、集められたとして置き換えられる。
構成された写真とカラーアソートを見ながら、ふさわしいテーマの発見と短いコピーの作成を行った。この作業は、リソースの収集を担当した全員に振り分けられて進めらたが、かなり大変な作業であり苦痛をともなう結果となったが、十分にその成果が伝わってくる内容にでき上がったと思われる。中でも秀逸なのは、「いつもの中にある意匠。」や「色がある。柄がある。いつも風景の中に。」などは、秩父のイメージを端的に表現している。定点と移動観測の複合された状態をうまく言い表している思われる。

10 研究成果の展開方法

集められた写真から色へ変換を行い、さらにその色をアソートとして見やすい配列におき直している。具体的に商品化や企画において配色として展開がしやすいように配慮されている。アソートされた色を配色としてミックスさせて、使われることを予想しながら作られているのが特徴である。
基調としての定点観測結果に対して、強調としての移動観測の結果がどのように関連させて使うことが出来るのかを検討すると、次のような展開が考えられる。
基本的な見方として、秩父の地域イメージ(定点観測の結果)に対して、移動観測から得られた同じ様なイメージ分布を示している「リソース」は、コーディネートしやすいことを現わしている。「自然な」イメージに対して、「素朴」で馴染みやすいイメージは、素直に合っていることを示している。言い換えると、「ケ」の部分で共通したイメージであると考えられる。
反対に基調イメージに対して、際立ったイメージの「リソース」はコーディネートしにくい事を現わしている。「自然な」イメージに対して、「派手」で躍動感のあるイメージは、かなり違和感のあるイメージであり特別なイメージであることを示している。『ハレ』の部分として、『ケ』の日常に対して反対のイメージであると考えられる。
祭りや花の色などが、普段の暮らしにアクセントとして効果を与えている。自然に囲まれた穏やかな環境で、ややもすると何の変化もなく穏やかに過ごしてしまいそうになるのを、強烈なイメージの祭りに代表される行事を行うことで、変化やリズムを作っていると思われる。季節や気候の変化を感じさる植物や花、食べ物や香なども同じ様な効果があると思われる。
色から素直に変換出来そうな、色以外のデザイン要素として柄や素材、形への展開部分は今回の研究では、あまりにもデータの数が膨大になりすぎるため手を付けられていない。これからの研究でアプリケーションとして進められると思われる。実務での具体的な展開では必ず、触れなくてはならないテーマと思われる。

デザインにおける「シンプリファイング」(単純化による洗練手法)の考え方やパソコンの「グラフィック処理技術」の応用など、具体的にリソースを形に置き換える技術や技法は、次々とハイレベルな物が出されてくる状況である。これからは誰でも簡単にパソコンで、グラフィックソフトを使って、取り込んだ画像を自分で好きなように操作することは、それほど難しい問題ではなくなるだろうと思われる。かといって感性的にいいものが自動的に作ってくれることには、そう単純につながらないはずである。自分でモチーフから材料まで、全てを考えるのではなく、視覚的な活用度の高い「データベース」を使って時間やコストを上手に使うことは、十分に予想されることである。

11 分析結果の活用

「データベース」として作られた「デザインリソース」の具体的な展開は、今後の商品開発に役立てられて初めて研究を行った意味が出てくると考えられる。しかし、データベースの概念もまだ一般化されているとは思われない。単に画像データや数値データを集めて、いつでも引き出せる類のものは多く出来ている。
この研究では、そうした類似の物とは多少違っている。あくまでも作った本人が検索を行って、加工した結果を再度、「データベース」に加えることを考えている。一人が皆に公開することで、一人では出来ないデータを手に入れることが可能になる。使用頻度の高い「リソース」は、さらに追加され整備されると、意味が深まると思われる。言い換えると、産官学でリソースの相互乗り入れ方式を進め、情報の熟成をはかろうと考えている。本格的にネットワーク上で活用が図られると、地域におけるデザイン指導の方法論としての役割が十分にはかられると思われる。

12 問題点と今後の課題

一番の問題点は、画像と現物との色の差である。色の再現性の不正確さがかなり出ていると考えられる。時間的な条件や経済的な枠組みの中で、進められたために精度に関しては、それほど気にせずに作成された経緯がある。しかし、出来上がった「デザインリソース」を具体的な開発に利用するときに、どこまで参考に出来るのか、精度とも関連がありそうである。しかし、あくまでもイメージを優先させて分析を進めることで全体像をつかもうと、試みた結果である。今後は、色のデータは勿論、場所や時間、サイズ、歴史など細かなデータも追加されるとより完成度が高まると考えられる。

次に。データベースとしての活用において多くの解決しなくてはいけない問題点がある。中でも著作権や意匠権のことである。とりあえず誰かに帰属させるとしたら、県の予算を使った研究であるから、公の県側となるのが当然かと考えられる。具体的な使用基準や運用のための管理基準なども、いずれ少しづつ整備されるべきと思われる。
さらにデータベースの追加、補修、維持管理上で問題点は、内容そのものを誰が感性的なレベルをチェックするのかが、不安な部分として考えられる。これからもある一定の水準を保ちながら、有効なデータベースに仕上げるには、かなりの努力や時間が必要と思われる。

これからのことを考えると、他の地域と比較検討を行うことで、より違いや特徴を明確にすることも可能だと思われる。しかし、結論的には比較検討しなくてもこの秩父には、何と魅力が沢山存在しているのかを、改めて確認できたのである。その魅力の集大成された表現として、「デザインリソース」を位置づけることができるのではないだろうか。

<分析、調査、研究の参考文献リスト>
秩父と東京の気象比較(昭和40年〜平成6年平均)
花の札所めぐり