第9章


9. 結論

9.1 本研究の内容と成果

 本研究の目的は,人が描こうとする質の高い図を,より容易に,より早く描くことができる手法を考案することである.とくに3次元形状の濃淡表現は難しく,3次元形状を2次元に投影した形で人が形状を容易に理解できるような表現法は重要である.このために,デザイナへの調査に基づいたレンダリングシステムの分析,図を描くために必要な機能の分類,その分類に基づいた図形輪郭としての線図形の入力方法の確立,人の作画要求に対応する濃淡付けのための入力と表示技法の作成を行った.さらに,図学的手法のプログラム化による意図した3次元形状図の輪郭作成と立体再構成法の提案,3次元形状図の濃淡表現のための2次曲面の濃淡パターン化とレンダリングルールの作成を行った.そして,これらの機能をまとめたレンダリングシステムCARPを作成し,本研究で提案した各種機能の評価を行った.これら本研究の諸点について総括し,得られた成果について述べる.

 第1章では,従来の研究や現在のシステムの問題点を概観し,本研究の目的,意義を明らかにした.

 第2章では,より質の高い絵を容易に早く描くためのシステムについて考察した.デザイナがコンピュータグラフィクスやレンダリングシステムにどのような考えを持っているかを整理し,従来の手作業による図形作画の手順や問題点を調べること,より自然な入力方法を実現するために,図形の作画におけるデザイナの思考の手順を分析すること,システムとして満たすべき条件および図形作画の機能をまとめること,図形作成の立場から人と機械との関係を整理し,利用者とのインターフェースを良くするために,システムとしてもつべき機能をまとめることを行った.そして,次のことを明らかにした.

1)コンピュータグラフィクスの図形作画機能の有効性についてデザイナの意見をまとめ整理した.そして,ユーザフレンドリなシステムの条件を示した.
2)図形入力作画の手順を見直し,よりよいマンマシンシステムの方式をまとめた.
3)本研究で目標とするレンダリングシステムの機能構成を示した.

 第3章線図形作成と手がき入力法では,線図形の作画について述べた.線分の入力・作画はレンダリングシステムの基本的技術といえる.本章では,質の高いレンダリングを行うための線分の入力,修正方法および,アイデアの段階から計算機を利用して,絵を作成していくための手描き入力方法を提案した.そして,任意図形の認識のために節点の方法を利用し,節点の情報から数種の図形の認識を行い,作画データを作成する方法を作成した.

この結果,次の成果が得られた.

1)さまざまな線分の表現に利用できるデータ構造を確立した.これにより,表現能力の拡充と操作の容易さが実現できた.
2)節点法による認識によって,手描き入力された各種図形の清書が可能となった.
3)従来のメニュー方式と手描き入力を併用することによって,アイデアスケッチの段階から計算機を利用でき,作画時間の短縮が実現できた.

 第4章濃淡表現法では,イメージを容易に表示するために濃淡付けの分類を行い,質の高い表現が容易に行えるように計算機を用いた濃淡付け技術を確立することを行った.  このために,まず,絵画における濃淡と陰影・光の関係を明らかにした.次に,濃淡付け機能を分類するために,芸術分野における陰影付け手法,濃淡付け手法と,デザイナに対するアンケート調査を行った.そして,この調査によりどのような濃淡付けを行っているかをまとめ,濃淡付けの計算手法について考察を行った.これに基づき,図を容易に早く描くための濃淡表示技術として濃度分布曲線の設定方法および作成方法と,基本となる濃淡付け手法,濃淡混合演算手法,ディザ法を作成した.

この結果,次のことが可能になった.

1)濃淡パターンをキーワードで示すことにより,濃淡付けが細かく分類できるようになった. 2)濃度分布曲線によって,より複雑な濃淡が容易に作成できるようになった.
3)計算機を用いた濃淡付け手法を実現することにより,人の考えた図を容易に作画できるようになった.
4)小容量メモリで,より高速な濃淡表示が可能となった.
5)混合演算によって,複雑な濃淡表現や人手では困難であった画像組み合わせ表現が可能となった.
6)ディザ法により,階調数が低い表示装置を利用する場合でも,なめらかな濃淡を作り出すことができるようになった.

 第5章濃淡図形の作画実験と評価では,3,4章で述べた各種手法をまとめたレンダリングシステムCARPを用いた作画実験とその評価について述べた.このための作画実験は,1)各作画機能を利用した実験例,2)人手によって描かれた図とその計算機作画例との比較,3)各種の作画手順によって作画した例を取り上げた.これにより,次のことがわかった.

1)3,4章で提案した手法は表現能力が高く,質のよい図を描くことが可能である.これらの機能は基礎手法として有効である.
2)濃淡付け手法をはじめとして本研究で開発した作画機能は,2次元図形だけでなく3次元形状の表現にも有効に利用できる可能性のあることがわかった.
3)効率のよい作画を可能にすることにより,創造的画像が生み出される.このために,操作手順は少ないことが望ましく,繁雑であってはいけない.本システムは操作が容易であり,作画したい図と表示が一致する.
4)下図作画の省略や画像合成機能の利用によって,作画時間は大幅に短縮できる.
5)実用的システムを目指す場合は,マッピング技術,文字作画などのコンピュータグラフィクス技術を取り入れた総合的なシステムにする必要がある.

 第6章3次元形状図の輪郭作画法では,対話的に3次元形状をフリーハンドを用いて表現するための技法を実現し,容易に意図した透視図の作画法,手描き透視図から視点推定を行う方法,光線の方向を求める方法を考案した.さらに求められた消点,視点や光線のデータを利用した写真合成,3Dモデルの透視変換,陰影付けの方法を開発することを実現した.

この結果,次のことが可能となった.

1)3つの消点をもとに,透視図の作画,構図の変更,写真と手描き透視図の合成を行うことができた.
2)従来の数多い作画法から計算機手法による基本的透視図作画法を整理できた.
3)求められた3つの消点から視点を推定する計算方法は直線の交点や円との交点計算などを利用した単純なものである.この方法を用いれば,手がき透視図から望む構図の視点座標などが容易に得られる.このような2次元処理によって3次元形状の透視図を作成することは,意図した図を作画するために重要な技術である.
4)3次元的な光源の方向を手描き透視図に指定した影の方向から求める方法を述べた.これから3次元モデルの表現にこのデータを用いることにより,意図した方向の影を描くことができ陰影付けへの入力手段として有効であることがわかった.
5) 手描き透視図をもとにした立体再構成法の基本的考え方を述べた.そして透視図を用いた立体データ入力の有効な方式になる可能性を示した.

 第7章3次元形状図の濃淡表現では,コンピュータグラフィクス分野の重要な課題である,3次元形状の理解を容易にする濃淡表現手法を実現することを目的とした.このために,より作画を容易にし,質の高い図を作成するために,濃淡のパターン化,作画手順の整理が重要と考えた.

 そして,従来の表現手法の特徴や欠点を整理し,特徴表現のための方法を調査した.これより,形状理解を容易にする表現を行うための基本原理を明らかにし,面と面や,面形状の性質の区別,3次元形状の位置・方向の表現をレンダリングルールとしてまとめた.

この結果,次のことがわかった.

1)機械的に陰影図を作成する方法に比べ,特徴の強調,省略を行い,図を作成するインタラクティブレンダリング法は形状感の理解を助ける有効な手段である.
2)2次曲面の形状の違いを示すためのパターン分類を行うことにより,曲面形状感の区別ができる表現法を確立した.これにより,表現する内容と人の理解が一致し,人の形状理解が正確なものとなる.
3)従来からテクニカルイラストレーション分野で行われていた形状表現を整理することによって,レンダリングルールを確立した.これを利用することによって,3次元形状の情報伝達を円滑に行うことができる.

 第8章3次元形状図の作画実験と評価では,6,7章で述べた3次元形状図へのレンダリングルールの適用,3次元形状図の輪郭作画の評価,および,3次元形状モデルを利用した濃淡出力図を修正し,意図した図にする方法の評価を行った.これらから次のことがわかった.

1)レンダリングルールが形状の特徴表現に有効であることを確かめた.
2)手がき透視図により,透視図の作画時間が大幅に短縮された.そして,意図した図として質の高い表現を容易に行うことができるようになった.
3)インタラクティブレンダリングの手法は図形の修正・合成に役立つものであり,広く各分野で利用できるものである.
4)立体再構成法の有効性を確認した.これを進めれば,立体入力法の一つとして,重要な手法となるであろう.

 各章ごとに得られた成果から,本研究で提案した手法は以下のようにまとめられる.

1)図形を扱う各種のシステムの基本的道具として有効なものである.
2)作画する図の伝える意味を容易に,そして質高く表現することが可能である.
3)作画に費やす時間,経費の節約に対して,有効なものである.
4)図形処理システムの高度化に重要な役割を果たすものである.

9.2 今後の課題

 今後の課題の考察を行うことにより,本研究の結びとする.

1)パーソナルコンピュータを用いた作画システム
 最近,パーソナルコンピュータにフレームバッファを加えたシステムが市販され始めた.これを利用して,より安価なものとして実用化することは図作成の経費節減に多いに役立つことであり,レンダリングシステムの利用の拡大に役立つものである.また,このようなシステムは,図形,美術教育分野の教育方法に大きな影響を与えるであろう.

2)自由形状の表現
 本研究では,3次元形状図の表現において2次曲面を扱い,これらの組み合わせで多くの複雑な図を作画することを可能とした.しかし,世の中のものには自由形状のものが多く存在する.これらを人の経験だけで表現することは不正確な図となりやすい欠点がある.3次元形状モデルを利用した濃淡図形をもとに意図した図を作成することが望まれる.

3)材質感表現
 本研究では,質の高い濃淡表現を開発し,その技術を用いて,形状表現を可能とした.しかし,レンダリング技術には材質感表現という重要な技術が残っている.本論文で示した作品にも材質感表現がうまくできているものがあるが,経験豊かなデザイナが利用することによって,可能となったものである.専門家でなくても表現したい要求が同じであれば,だれが描いても同じ図が得られることが望ましい.従来からマッピング法によって材質感表現を行っているが,元となる図や写真が必要であり,意図した特徴を直接的に表現するまでには至ってない.インタラクティブな材質感表現が可能となれば,さらに,グラフィクスの利用は広がるであろう.

4)インタラクティブな形状処理法
 本研究では意図した透視図を作画するために,図学の手法を利用し,人の直感にあった入力法を確立した.そして,立体入力に関して,透視図からの再構成法を試みた.さらに,図学手法の分析を進め,グラフィクスを知的な作画道具に変え,直感的な作画法を実現することが望まれる.人は図化しながら考えをまとめる.このことから,図法を利用できれば,図形入力,形状処理に有効な手段を提供することになるであろう.従来のグラフィクスの分野では,このようなことはまだ十分な成果が得られていない.

以上の課題のほかにも,配色のコンサルテーションを行う知的なシステムや,濃淡付け手法のハードウエア化の問題も,よりよいレンダリングシステムのためには取り組む必要があろう.