第1章 始めの章

1.1 幾何学の特徴

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 現代の幾何学はいくつかの種類に分類されていますが、基本的には図形を研究する学問です。広辞苑によれば「物の形・大きさ・位置・その他、一般に空間に関する性質を研究する数学の1部門」としています。学問として図形の性質を題材とするとき、図形を単純化・抽象化・理想化します。図形の最も基本となる幾何学的要素は、点・直線・平面の三つです。ユークリッドの原論にはこの三つの要素の定義が述べられています。しかし、現代の幾何学では厳密な定義を意図的に避けて、何となく理解しなければならない抽象的な要素として扱います。

 幾何学は合理的・論理的な学問であると同時に、直観的・感覚的に理解しなければならない性質があります。我々は3次元の空間の中にいて、自分と回りとの相対的な位置関係を常に判断しています。回りの情報は眼を通して得られ、物に手を触れなくても物の大きさと形の性質とを知ることができます。これは人間を含めた動物すべてが持つ能力であって、心理学では空間知覚と言います。眼に代わるビデオカメラを使い、ビデオで再現される映像を見るとき、自分がそこに居なくても、あたかもそこに居るような立体感を感じることができます。平面的に描かれた設計図面を見て立体的な形状を感覚的に理解できるのは、人間の持つ空間知覚の能力を高度に洗練して利用しているからです。

 幾何学は、我々の生活空間の造形と密接に関わりますので、その歴史はピラミッドを作ったエジプトの測量学にまでさかのぼることができます。初等幾何学の大部分は、ギリシャ時代に完成された体系のまま現代まで引き継がれています。幾何と代数とは別々の学問体系でしたが、17世紀になってデカルトが座標の概念を使って図形の性質を研究するようになって、代数と幾何との融合がなされるようになりました。これを解析幾何学と総称しますが、問題によって代数幾何学とか座標幾何学とも言います。ここで代数学とは何かと言いますと、研究材料に数を扱い、「数の代わりに文字を記号として使って数の性質や関係を研究する数学」と定義されています。幾何学と代数学とは研究材料が違いますので、幾何学を数学の1部門に含めて扱うようになったのは、したがって17世紀以降ということができます。

 幾何学と代数学とが異なる学問体系である最大の理由は、幾何学的要素の点・直線・平面相互の間に、代数的な意味での加減乗除の算法(+−×÷)が成り立たないからです。平面に描いた2直線の交点を求める算法は、むしろ集合の論理積と考えます。しかも、2直線がいつも交差するとは限らず、平行や一致などの例外も考えなければなりません。算法が一意に決まらない量を代数学の対象とするにはためらいがありますが、幾何の問題を代数の助けを借りて解析するのは有効な方法です。しかし、いつでも効果的な方法であるとは言えない問題も多いのです。初等幾何学では単純な命題であっても、座標幾何学の問題にすると複雑な計算になる例が少なくありません。

 例えば、三角形の内接円の中心は二つの内角の二等分線の交点で求められますから、定規とコンパスとを使えば図法的には簡単に求めることができます。一方、三角形の三頂点の座標から、同じ方法(アルゴリスム)で座標計算をしようと言うのが代数幾何学の問題になります。ところが、これを解くとなると、かなり数学に達者な人でも手を焼くような面倒な計算をしなければなりません。そこで、この計算をコンピュータを使って解こうと考えるのは当然のことです。そして、この分野の研究を広い意味での計算幾何学(computational geometry)と呼ぶようになりました。本書の目的は、コンピュータを利用するためには幾何学をどのように捉えなおすか、という見方を説明することにあります。この目的のために、少し遠回りのようですが、幾何学を扱う場合の考え方を整理しておきます。これがこの第1章の内容になります。

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