5章 図形の投影と変換

5.1 投影・射影・変換などの言葉の意味

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 幾何学の一分野にモンジュ(G.Monge)が始めた画法幾何学(descriptive geometry)があります。工業製図など、実用に重点をおくときには図学と言います。そこでは、立体的な形状を平面的な図に描くことを投影(projection)と言います。同じ意義で投象、写像などの用語もありますが、やや数学よりの用語として使われています。射影は投影と同じ意義ですが、射影変換は一つの独立した数学手法を意味する用語に使います。座標幾何学を応用して投影を代数学的に扱うことを図形の変換(transformation)と言います。設計図のような幾何学的な図形を描くとき、人は定規とコンパスとを使い、図学の原理を応用して投影図を描くことができます。コンピュータを使って投影図を描かせるとなると、図形の座標に種々の代数学的な加工を加える必要が出てきました。この数学的処理を一般に図形の変換と呼びます。

 そもそも立体的な位置関係にある図形を平面的な図形で表すことが投影ですが、平面図形の原図を別の用紙に写すような単純な2次元の処理であっても、コンピュータを介在させると、この処理も図形の投影変換の一種に分類しておく方が便利になります。何故かという説明には、例えば、原図を壁に貼ってそれを写真に写すという処理を図学的にモデル化して考えると、2次元図形から2次元図形への変換であっても、処理は3次元の空間を媒介している投影変換と考えることができるからです。

 平面図形から平面図形への変換の種類は、大別すると三つに分けることができます。実は、立体図形の投影も平面図形の変換が応用されています。

(1) アフィン変換:平行線が平行線に変換される変換
(2) 射影変換:平行線は平行性が保証されない変換
(3) その他:直線が曲線に曲がるような変換

 上に上げた三つの変換のうち、この5章では(1)と(2)を扱います。(3)の問題には等角写像なども考えられますが、専門的に偏り過ぎますのでここでは扱いません。数学的な問題として変換を抽象化して考えますと、n次元図形の変換を考えることができますが、実際問題として図形の変換を扱う場合には、2次元(平面)図形と3次元(立体)図形を扱います。3次元図形の変換は、CADに関連して立体構造の幾何モデリングを扱うようになって利用する機会が増えてきました。立体図形の透視図を描くことは、3次元図形から2次元図形への投影変換の一種です。立体図形から立体図形への射影変換ではありません。この区別をつけるため、この章では、射影変換と透視図法とは、別々の項立てにまとめました。

 投影の方法を「投影法」と言います。これは四つの要素から成り立っていて、これら相互の関係によって投影法に種々の名称がついています。その要素とは、

 まず、座標系を決める約束には、上下・左右・前後といった概念を暗黙の中に含んでいますので、対象物と投影面とを正しく配置するとか、垂直・水平な投影面という言葉を定義なしに使います。この第5章では、座標系にデカルト座標を使い、標準的な平行投影と中心投影とに関連した解説に止めて、特殊な投影法には触れません。例えば、丸い地球表面の世界地図を平面図形に展開する方法では、座標系がデカルト座標ではありませんし、投影面も平面ではない特殊な投影法です。これらは立体射影 (stereographic projection)、極射影 (polar projection)などと言います。

 次に、視線と投影面との関係は、光学的カメラとフィルム、またはX線とその感光フィルム、を使ったシステムを想像するとよいでしょう。光学的カメラは人の眼をモデル化した中心投影の装置です。対象物を見て、その像をフィルム、つまり投影面に撮ります。実際のカメラは、フィルム面がレンズを挟んで対象物の反対側にあり、倒立した像が写ります。しかし図学的に人間の眼をモデル化した透視カメラでは、フィルム面をレンズと対象物との間に置いた面(透視投影面)と考えることにします。一方、X線を使う場合には、X線源から発したX線が対象物を通過して向こう側のフィルム面に像を結ばせます。どちらのモデルで考えてもよいのですが、カメラを考えるモデルの方が納得しやすいでしょう。しかし、投影という言葉そのものは、X線モデルをイメージした用語です。

 人間の眼(片目)は、カメラと同様に中心投影法で物の形状を認識しています。二つの眼で見る立体視の原理は幾何学的には定義できますが、この章では触れません。世の中には、ステレオ写真を見ても正しく立体視が見えない人も少なくないようです。立体的な対象物を中心投影法で描いた図は、近くの寸法が大きく、遠くが小さくなります。対象物から十分に距離を取り、相対的に焦点距離の大きい望遠レンズを使うカメラでは平行投影法に近似した図が得られます。理論的な平行投影は、対象物の大きさと投影された図の大きさとがほぼ同じになり、部分的に実長を表示することができます。最も多くの実長または面の実形が表示できる投影法が「正投影法」です。これは、直方体のような幾何学的な対象物を考えるとき、辺の向きを座標軸に平行に置き、投影面を座標面に平行とし、視線はこの投影面に垂直です。得られる投影図には視線の向きと図の置き方で定まる常識的な呼び名があって、正面図、平面図、左側面図、などと呼ばれます。工業製図で言う第一角法、第三角法とは、複数の正投影図相互の並べ方を定義する用語です。

 図学的に考えた平行投影では、投影図はモデルを実寸で作図しますので、そのままでは拡大・縮小した図が得られません。考え方が二通りあります。実寸モデルで投影図を作って、その投影図を拡大・縮小すると考える。もう一つは、元の図形をあらかじめ拡大・縮小したモデルにして、それを実寸で投影図にすることです。製図法は後者の考え方を使います。図面(投影図)そのものを拡大・縮小すると尺度の約束が狂うので注意が必要です。

 カメラを使って平面図形を相似の図形に撮るときは、平行投影と図形の拡大・縮小とが同時に処理されてしまいます。元の平面図形の寸法とフィルム上の図形の寸法とが異なりますので、寸法変化を神経質に判断しなければなりません。カメラは、被写体との距離(またはズーミングができるカメラでは焦点距離)を調節すれば図形の拡大・縮小を自由に行うことができます。円柱面を持つレンズでは縦横の比率の違う映像が得られます。カメラを上下左右に平行移動させれば、図形の平行移動を投影面上で実現できます。同様に図形の回転はカメラを光軸回りに回転させれば実現できます。これらのカメラ操作は、図形の変換の環境を設定していて、座標系の変換と考えることができます。写真をフィルムに撮る処理と、それを適当に引き延ばして焼き付け(プリント)する処理とは、区別して考える必要があります。フィルムをプリントするときにも図形の変換ができますが、話をややこしくしないために、さし当たってはフィルム寸法とプリント寸法とが同じになるような大型のカメラを考えておくのがよいでしょう。もしプリントするときに図形の変換が必要であるならば、密着プリントの方を新しい平面図形に考えてカメラ処理を繰り返すと考えます。つまり、平行投影の場合にも、元になる平面図形をあらかじめ拡大・縮小させたモデルを考え、それを原寸の平行投影で作図する、と考えることにします。

 投影とほぼ同義に「射影」という言葉があります。しかし、射影変換は一つの専門用語であって、図学でいう中心投影変換を数学的に扱うことを指します。射影幾何学は、図学的な中心投影問題を解析的に扱う数学です。中心投影による作図法を遠近法または透視図法といいます。「透視」は遠近法の作画技法に基づいた用語です。そのため平行透視という用語も使うことがあって、平行投影と対応して使うことがあります。透視図のことを英語でperspectiveと言いますので、日本語化した省略語のパースが慣用されています。透視図を定規とコンパスとを使って正しく製図することは、製図技法として複雑でしたので、以前は絵画にも才能のある透視図の専門家が設計図をもとに描いていました。現在ではコンピュータを利用して正確な透視図形を作図できますし、陰影・着色などをコンピュータグラフィックスで描けるようになりました。そのためにも、射影変換を幾何学的・代数学的に正しく理解しておくことが大切です。

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