第6章 曲線

6.1 概説

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 図形を描く手順は、線を使って境界を明らかにし、領域を濃淡の色で埋めます。コンピュータグラフィックスでは、これを線図(line drawing)とペイント(painting)とに区分します。線図は直線と曲線とに分けます。さらに、曲線には、少ないデータから数学的に再現できるものと、捕らえ所のない自由で芸術的な図形とがあることに気が付きます。この章で扱う曲線は、当然のことながら前者の曲線です。何故かというと、同じ図形を再現できるようにしなければ工業的な造形に向かないからです。初歩的な手書きの工業製図では、円を別にすれば、自由な曲線を殆ど使いません。コンピュータを使って作図ができ、その同じデータで工作機械を制御できるようになって、曲線と曲面を扱う幾何学が注目されるようになりました。

 従来から、現象の数学的な性質を理解するため、曲線や曲面に描いて観察することが行なわれています。工業における造形では、図形を効率よく再現(作図)する技法を見つけるという立場で曲線や曲面が研究されます。計算式の根拠に使う数学理論についての解説は必要ですが、なるべく簡単な計算式を提案して計算量を減らす方法を工夫します。例えば、円を描くとき、sin、cosなどの正弦関数を使いませんし、大抵の曲線は、二次方程式または三次方程式を応用した代数式で計算します。この章では、主として曲線の式を導くための理論的な背景について解説します。

 まず、細くて真直ぐな弾性的な針金を想像して下さい。この針金を何箇所かで支えて、折れない程度に曲げたり捩ったりすると滑らかな曲線を描きます。このとき、針金には曲げ・捩じれ・軸力・せん断力が作用していて、これらの力に釣り合うように針金が変形します。このような性質を持った曲線が我々の身の回りでは最も多く使われています。手で描く製図に使う用具に、しない(撓い)定規と言うものがあって、自由曲線を作図するときに使います。これを英語でスプライン(spline)と言います。コンピュータ・グラフィックスでスプライン曲線と呼ぶ習慣は、製図用語からきています。スプライン曲線は弾性針金の変形をモデル化したものですので、曲線を表す式の性質は、構造力学で扱う梁の解析理論が応用されています。ちょっと専門的になりますが、梁の力学についてもこの章で触れています。

 我々の身の回りでよく見られる曲線は電気のコードのようなものです。電気掃除機のコードを伸ばすとき、幾何学的には真直ぐでも、コード自体に捩じれが残っていることがあります。そのため、一寸コードをゆるめるとコードが曲がったり、撚りが発生します。現実の細長い材料では、材料自体に元からある捩れと、力学的に捩れの変形があることと、空間曲線としての捩れとを区別しなければなりません。このことの議論は材料力学に関係するので、この章では深入りをしませんが、一通りの概念は必要です。その例として、曲線の材料として、丸い断面の腰の強い針金と、幅に比べて厚みの薄いリボンまたは紙テープとを考えて下さい。

 丸い断面の針金を円柱にらせん状に巻き付けることを考えます。針金は自由に曲がりますが、捩じれ変形に強い抵抗がありますので、針金の長手方向で円柱との接触位置がずれていきます。リボンは、これに対して簡単に捩じることができますので、円柱に一つの面をピッタリと接触させることができます。しかし、リボンには、曲面の性質がありますので、幅方向の曲げに強い抵抗があります。そのため、らせんのピッチを変えるところで接触に不具合が起こります。幾何で扱う曲線は、丸い断面の針金をモデルにします。一方、曲面は2方向の曲線群で構成されていると考えることができますが、素線としての曲線はその長手方向に捩じれを持たせなければならないのです。これが、幾何学的には面の捩じれ率になります。この章では、曲線の解説に重点を置き、曲面の幾何については深入りしませんでした。

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